書評
『生涯現役―エコノミスト高橋亀吉』(東経)
「経済のプロ」に徹した生き様
旺盛な好奇心と不屈の自立心とに支えられて、自らの人生を自身の決断で選択する。同時に成功も失敗も自分の責任として淡々と引き受ける。とかくままならぬ浮世の中で、こんな文字通り自分本位の生き方を貫くことができたらすばらしい。生涯現役を通した高橋亀吉の一生は、まさにこれにつきる。もっとも客観的にみて、高橋の人生はスタート時から決して恵まれていたわけではない。それどころか、幼くして左足障害のハンデを抱え、まともな高等教育を受けることができず、丁稚奉公から独学で早稲田大学に学ぶというように、負の要素の多い人生への門出であった。ただ彼にとっての幸運は、青年期の比較的早い段階で、自らの生涯を賭けるに足る仕事に出会ったことである。
いったいそれは何か。石橋湛山の東洋経済への入社を契機とする、実践的な経済評論に他ならない。これを一生の仕事と考えた高橋は、すさまじいばかりのプロ精神に徹し、とことんまでつきつめて現実の経済の把握にこだわる中で、著者が言うように「六つの顔」を持つに至った。経済理論家・金融理論家の顔、社会運動家・無産運動家の顔、現状分析家の顔、政策提言者・批判者の顔、株式・景気評論家の顔、そして歴史家としての顔である。
金解禁、統制経済、高度成長、低成長という昭和経済の節目の時期に際して、高橋の言動は無論反時代的ではない。しかしだからといって時代の主流でもない。それはなぜか。高橋は「六つの顔」を駆使して時代の先を読むことによって、常に時代の半歩先にいたからである。そこにこそ、彼の自己実現の喜びがあった。だから彼は、時代への迎合や他者との比較とまったく無縁の存在だった。
著者は、このような高橋の生き様に共感をよせて筆を執っている。高橋自身の著書やエッセイが手ぎわよく整理されており、高橋周辺へのインタヴューからの興味深いエピソードもちりばめられ、読みやすい評伝である。
【この書評が収録されている書籍】
ALL REVIEWSをフォローする