書評

『ヘンリーの悪行リスト』(新潮社)

  • 2017/09/09
ヘンリーの悪行リスト  / ジョン・スコット・シェパード
ヘンリーの悪行リスト
  • 著者:ジョン・スコット・シェパード
  • 翻訳:矢口 誠
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:文庫(519ページ)
  • 発売日:2005-01-00
  • ISBN-10:4102151214
  • ISBN-13:978-4102151211
内容紹介:
高校卒業以来、他人を騙し、裏切り、蹴落とすことでスーパー・エリートとなったヘンリー。だが、自分を捨てた恋人を見返すべく戻った故郷で、彼女が当時、死期が近いとすでに悟っていたことを知らされる。絶望感に包まれ、ホテルのバルコニーへと歩を進めるヘンリー…と、その背にメイドの声。「すべてにきっちり片をつければいいのよ」こうして彼女との奇妙な贖罪ツアーが始まった。
トヨザキ的評価軸:
「金の斧(親を質に入れても買って読め)」
「銀の斧(図書館で借りられたら読めば―)」
「鉄の斧(ブックオフで100円で売っていても読むべからず)」

陳腐で薄っぺらな物語をかろうじて救っているのは……

いや、鉄の斧ってほどじゃないんですよ。こういうのが好きな人もいるとは思うんですよ。けどなあ……。主人公のヘンリーは「暗殺者」という異名がつけられるほど冷徹なヤング・エグゼグティブ。企業乗っ取りや買収を成功させ、弱者を踏みつけにすることで金持ちのイコンたる贅沢なら何でもかなえてきた男なんであります。では、なぜそんな冷酷非情な人間になったのか。それは、失恋。貧しい家庭で育った高校時代のヘンリーはとってもいいヤツだったのね。でも、高嶺の花のお嬢様・エリザベスに恋をして、卒業パーティのパートナーになってはもらえたものの、初体験も果たしたその帰り、住む世界が違いすぎるから交際を続けられないってフラれてしまうんです。そこからのヘンリーは、お宮に裏切られた『金色夜叉』(新潮文庫など)の貫一のごとくルサンチマンの塊。エリザベスを見返すため、周囲の人間を利用するだけ利用して今の地位にのし上がった、そういう次第なんでございます。

金色夜叉  / 尾崎 紅葉
金色夜叉
  • 著者:尾崎 紅葉
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:文庫(583ページ)
  • 発売日:1969-11-12
  • ISBN-10:4101074011
  • ISBN-13:978-4101074016
内容紹介:
「ああ、宮さん、こうして二人が一処にいるのも今夜ぎりだ。来年の今月今夜になったならば、僕の涙で必ず月は雲らして見せるから」熱海の海岸で許しを乞うお宮を、学帽にマント姿の貫一が下… もっと読む
「ああ、宮さん、こうして二人が一処にいるのも今夜ぎりだ。
来年の今月今夜になったならば、僕の涙で必ず月は雲らして見せるから」
熱海の海岸で許しを乞うお宮を、学帽にマント姿の貫一が下駄で蹴りつけるシーンで有名。
演劇、映画、テレビドラマで何度も演じられている名作。

美貌の鴫沢(しぎさわ)宮をカルタ会で見染めた銀行家の息子・富山唯継(ただつぐ)は、宮に求婚し、その代償として宮の許婚者・間(はざま)貫一を外遊させることを宮の両親に誓う。熱海の海岸で、宮の心が富山に傾いたと知った貫一は絶望し、金銭の鬼と化して高利貸しの手代になる……。
雅俗折衷の絢爛たる文体で明治の世相を大きく截断(せつだん)した本編は、紅葉文学の集大成であり、明治文学を代表する一大ロマンである。用語、時代背景などについての詳細な注解を付す。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

あまりに陳腐。この前提だけで、まともな本好きなら読む気が萎えるに違いありません。でも、帯に「爆笑必至 感涙保証」ってあるから、とりあえず読み進めていくわけだすわね? だすわよ。したら、ある出来事から良心を取り戻したヘンリーが泥酔して自殺をはかる、と。それを救うのがホテルのメイド・ソフィー。彼女に諭されて、ヘンリーはこれまでに自分が傷つけてきた人たちに懺悔することを決意。その旅の一部始終を描いた小説なんですの。

気のいい兄ちゃんがフラられて最低野郎に変貌しながらも、最後はハートウォーミングな読み心地に落とすという十把一絡げで二束三文な物語をかろうじて救っているのが、ソフィーの存在。主人公にアドバイスや勇気を与える、彼女の造型にはひねりがあります。ヘンリーにまつわるプロットだけで展開していたら薄っぺらな話にしかならなかっただろうけど、そこにソフィーの意外な素性をめぐる物語が寄り添うことで、何とか小説としての体をなしているんです。んがっ、それ以外の人物は、みぃーんな書き割り的。そんな浅かねえだろう、人間は。そんな都合よく動かねえだろう、人の気持ちってやつは。やたら粗雑な人間観の披瀝に、イヤんなっちゃったんであります。さくさく読めるだけのエンタメが好きな方にはおすすめできるけど、根性が曲がりがちかと見受けられる「ブロス」愛読者には不向きかと。ところで、わたくし、感涙なんて一滴たりとも流れなかったんですけど、新潮文庫さんはそれをどう“保証”なさって下さるのかしら?

かしらっ?

【この書評が収録されている書籍】
正直書評。 / 豊崎 由美
正直書評。
  • 著者:豊崎 由美
  • 出版社:学習研究社
  • 装丁:単行本(228ページ)
  • 発売日:2008-10-00
  • ISBN-10:4054038727
  • ISBN-13:978-4054038721
内容紹介:
親を質に入れても買って読め!図書館で借りられたら読めばー?ブックオフで100円で売っていても読むべからず?!ベストセラーや名作、人気作家の話題作に、金、銀、鉄、3本の斧が振り下ろされる。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

ヘンリーの悪行リスト  / ジョン・スコット・シェパード
ヘンリーの悪行リスト
  • 著者:ジョン・スコット・シェパード
  • 翻訳:矢口 誠
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:文庫(519ページ)
  • 発売日:2005-01-00
  • ISBN-10:4102151214
  • ISBN-13:978-4102151211
内容紹介:
高校卒業以来、他人を騙し、裏切り、蹴落とすことでスーパー・エリートとなったヘンリー。だが、自分を捨てた恋人を見返すべく戻った故郷で、彼女が当時、死期が近いとすでに悟っていたことを知らされる。絶望感に包まれ、ホテルのバルコニーへと歩を進めるヘンリー…と、その背にメイドの声。「すべてにきっちり片をつければいいのよ」こうして彼女との奇妙な贖罪ツアーが始まった。

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初出メディア

TV Bros.

TV Bros. 2005年3月19日

多彩な連載陣のコラムが人気のポップカルチャーTV情報誌。豊﨑由美氏の書評コーナー「帝王切開金の斧」が好評連載中。

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