書評
『どろにやいと』(講談社)
山里で怪しげな男女に出会い…
森敦『月山』、太宰治『津軽』、井上ひさし『吉里吉里人』など、東北を舞台にした小説は多い。本書もまた、地名をタイトルに掲げてはいないが、山形県の出羽三山とおぼしき山が舞台となっている。「天祐子霊草麻王(てんゆうしれいそうまおう)」というお灸(きゅう)を売りながら各地を歩く行商人が、バスでしか行けない山里に入るや、怪しげな男女に次々と出会い、そこから脱出できなくなる。どうやらそこは、明治以降の太陽暦的な時間が通じない固有信仰の息づいている世界のようだ。単に登場する村の男女が官能的であるだけではない。行商人が泊まった温泉宿の風呂場にせよ、村のはずれにあるお堂にせよ、まるで記紀神話を思わせる性の生々しさが、文章の行間から立ち上ってくるのだ。
実は私自身も20年以上前に同じ日本海側のある温泉町で、行商人と似たような体験をしたことがある。フィクションでありながら、どこか実話のようでもあるところが本書の魅力ではないか。
朝日新聞 2014年11月2日
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