書評

『パースの城』(国書刊行会)

  • 2017/09/21
パースの城  / ブラウリオ・アレナス
パースの城
  • 著者:ブラウリオ・アレナス
  • 翻訳:平田 渡
  • 出版社:国書刊行会
  • 装丁:単行本(232ページ)
  • ISBN-10:4336030561
  • ISBN-13:978-4336030566
パース伯爵の夫人イサベルは男と女の双子を出産するが、夫はそれを不義の子を決めつけ、どちらかを犠牲にすることを要求する。イサベルは息子を差しだし、その子は海に投げこまれるが、妖精に助けられ、遠くアジアまで運ばれる。成長した彼は皇帝となり、軍を率いてパース城を攻めおとしにやってくる。そこに、アジアの皇帝をめぐるイサベルとその娘ベアトリス(そう、やはり彼女はベアトリスだったのだ)との確執や、パース伯爵にまつわるもうひとつの復讐譚がからんでいく。

ダゴベルトは通りすがりに、この愛憎劇にまきこまれたかたちだが、そうとも言いきれない。ひとつに、これが青年の見ている夢であり、そこで演じられている愛憎劇は、彼の心の深層と切りはなせない関係にあること。もうひとつは、アジアの皇帝がほかならぬダゴベルトであるということ。ただ、その皇帝ダゴベルトと、夢に引きこまれた主人公のダゴベルトが、まったくの同一人物というわけではない。ここにも夢特有の論理が作用していて、あるときは彼自身が皇帝として扱われ、またあるときはただ容貌が似ているだけと断じられ、ときには鏡に映った分身であり、あるいは時を隔てた生まれかわりと解釈することもできる。

イサベルは、ダゴベルトとベアトリスにむかい、「あと八百年たったら、あなたがたも晴れて愛しあうことができてよ」と告げる。つまり二十世紀、少年と少女として出会うふたりのことだ。もしかすると、この物語は夢などではなく、十二世紀に実際におこった事件であり、その因縁が二十世紀にめぐってきたのではないか? 現実と虚構、過去と現在が、くるりと反転する。

イサベルとアジアの皇帝は、パース城を攻める作戦を、鳩に託してやりとりしているのだが、その手紙はベアトリスの手のなかで、新聞の切れ端に変わる。そう、あの死亡記事が掲載された新聞だ。また、主人公の行く先々であの長椅子があらわれるが、それは彼を現実の世界につなぎとめるようでもあり、またさらなる夢へいざなうようでもある。ガラスの身体を持つ悪魔、黄金の光を放つ龍、遠い地のできごとを映しだす鏡など、ゴシックロマンスの意匠の底に、こうした仕かけを忍びこませたところに「夢の文学」たる質がある。

【この書評が収録されている書籍】
世界文学ワンダーランド / 牧 眞司
世界文学ワンダーランド
  • 著者:牧 眞司
  • 出版社:本の雑誌社
  • 装丁:単行本(397ページ)
  • 発売日:2007-03-01
  • ISBN-10:4860110668
  • ISBN-13:978-4860110666
内容紹介:
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文学は最高のエンターテインメントだ! 幻想フルーツ&奇想キュイジーヌ小説75作を紹介。「センスオブワンダー」溢れる文学ガイドの決定版! 本の雑誌社2007年の単行本第一弾は、幻想・奇想文学を中心とした世界文学のブックガイド。著者・牧眞司が「こりゃすごい」「ほかで味わったことがない」「もっと食べたい」と驚嘆した、激辛キュイジーヌ&怪奇フルーツふう小説75作品を一挙に紹介します。「SFマガジン」に連載された原稿に超大幅な加筆修正をほどこし、さらに書き下ろし紹介文を多数加えてお届け! 「文学」のイメージががらりと転回する新時代の世界文学羅針盤! ぜひご期待ください。

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パースの城  / ブラウリオ・アレナス
パースの城
  • 著者:ブラウリオ・アレナス
  • 翻訳:平田 渡
  • 出版社:国書刊行会
  • 装丁:単行本(232ページ)
  • ISBN-10:4336030561
  • ISBN-13:978-4336030566

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