書評

『美しき廃墟』(岩波書店)

  • 2017/11/15
美しき廃墟 / ジェス・ウォルター
美しき廃墟
  • 著者:ジェス・ウォルター
  • 翻訳:児玉 晃二
  • 出版社:岩波書店
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(416ページ)
  • 発売日:2015-05-20
  • ISBN-10:4000222295
  • ISBN-13:978-4000222297
内容紹介:
あの出逢いは、永遠に続く一瞬のはじまりだった-1962年4月。海辺の小さな村ポルト・ヴェルゴーニャの埠頭に新人女優が降り立つ。エリザベス・テーラーとリチャード・バートン主演の大作映画『… もっと読む
あの出逢いは、永遠に続く一瞬のはじまりだった-1962年4月。海辺の小さな村ポルト・ヴェルゴーニャの埠頭に新人女優が降り立つ。エリザベス・テーラーとリチャード・バートン主演の大作映画『クレオパトラ』の出演者がなぜこんなところに?実在の映画を背景に紡ぎ出された虚構の世界。過去と現在、イタリア、アメリカ、イギリスを舞台に、壮大なスケールで描かれる、果てなき夢を抱いた老若男女の、笑いと哀感に満ちた人生の旅路。

虚実ないまぜ、重層のしかけ

なんと、遊び心にみちて人を食った小説だろう。なのに、なんともせつない。愛と戦争と贖(あがな)いといった、普遍的な文学テーマを堂々とあつかっている。

1962年、イタリアのポルト・ヴェルゴーニャという水路でしか行けない小さな島に、ある「死にかけた」女優がやってきた。彼女は20代の新人。ローマで進行中の映画撮影チームから離れて、ここへやってきたのだが……。彼女、ディー・モーレイに、つましいホテルを経営する青年パスクアーレは、運命のひと目ぼれ! ディーに対してというより、恋に落ちたその永遠の瞬間に焦がれつづけることになる。

時間軸は主に1960年代のイタリアと現在の米国を行き来し、黄金期ハリウッドと、いまの世知辛いハリウッドをめぐる多面構造を見せる。あるときは劇のスクリプト(台本)風の形式があったり、メモワールがあったり、登場人物が書く小説や脚本なども作中作として挟まったりするし、場所はアイダホやエディンバラにも飛ぶ。ちなみに、ある復員兵による戦争小説の一章は、それだけで独立した傑作と言える。

物語内では、虚実がないまぜになっている。たとえば、撮影中の映画とは「クレオパトラ」だが、これは1963年公開の歴史大作で、「娼婦にして夫泥棒の」と辛辣に称されたリズ・テイラーと、リチャード・バートンが主演した作(題名の「美しき廃墟」は老いたバートンを評した言葉)。しかしこの映画制作のピンチを救って出世した制作アシスタントのマイケル・ディーンは架空人物。現代を描くパートでは伝説のプロデューサーになっているが、最近は下世話なデート番組のヒットしかない。そこへ老紳士となったパスクアーレが永遠の恋人を探してイタリアから訪れ、ディーンと、彼のアシスタントと、脚本家の卵シェインを加えた四人での捜索が展開する。

〈ホテル 適度な眺め〉というホテルの名前に、まずクスッと笑ってしまう。イタリアを舞台にした「A Room with A View」(眺めのいい部屋)をどうしても思いだすし、他にも各章題は、なんとなく(もろに)実在の映画を想起させる。「天国の微笑」「グランド・ホテル」「転落の後に」「無限の炎」……。時間操作があってパズルが重層的に解かれていくという手法では、ケイト・モートンのミステリ『秘密』や『忘れられた花園』、また、章ごとに語り手やスタイルが替わるという点では、ジェニファー・イーガンの『ならずものがやってくる』などを好む読者にも、ぜひお勧めしたい。

秘密 上 / ケイト・モートン
秘密 上
  • 著者:ケイト・モートン
  • 翻訳:青木純子
  • 出版社:東京創元社
  • 装丁:単行本(330ページ)
  • 発売日:2013-12-22
  • ISBN-10:4488010083
  • ISBN-13:978-4488010089
内容紹介:
国民的女優ローレルが少女時代に目撃した、母をめぐる恐ろしい出来事。あの50年前の出来事はいったい何だったのか? 母の過去にはいったい何が隠されているのか?

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忘れられた花園〈上〉  / ケイト・モートン
忘れられた花園〈上〉
  • 著者:ケイト・モートン
  • 翻訳:青木純子
  • 出版社:東京創元社
  • 装丁:文庫(416ページ)
  • 発売日:2017-05-22
  • ISBN-10:4488202055
  • ISBN-13:978-4488202057
内容紹介:
1913年オーストラリアの港にたったひとり取り残されていた少女。名前もわからない少女をある夫婦がネルと名付けて育て上げる。そして2005年、祖母ネルを看取った孫娘カサンドラは、祖母が英国… もっと読む
1913年オーストラリアの港にたったひとり取り残されていた少女。名前もわからない少女をある夫婦がネルと名付けて育て上げる。そして2005年、祖母ネルを看取った孫娘カサンドラは、祖母が英国、コーンウォールにコテージを遺してくれたという思いも寄らぬ事実を知らされる。なぜそのコテージはカサンドラに遺されたのか? ネルとはいったい誰だったのか? 茨の迷路の先に封印された花園のあるコテージに隠された秘密とは?デュモーリアの後継とも言われる著者のミステリアスで魅力溢れる傑作ミステリ。文庫化!

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ならずものがやってくる / ジェニファー・イーガン
ならずものがやってくる
  • 著者:ジェニファー・イーガン
  • 翻訳:谷崎 由依
  • 出版社:早川書房
  • 装丁:文庫(496ページ)
  • 発売日:2015-04-22
  • ISBN-10:4151200827
  • ISBN-13:978-4151200823
内容紹介:
秘密の悪癖、恥ずかしい記憶、ゆらぐ愛情、束の間の輝き……鮮やかに描かれる一度きりの人生たち。数々の文学賞に輝く傑作長篇。

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美しき廃墟 / ジェス・ウォルター
美しき廃墟
  • 著者:ジェス・ウォルター
  • 翻訳:児玉 晃二
  • 出版社:岩波書店
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(416ページ)
  • 発売日:2015-05-20
  • ISBN-10:4000222295
  • ISBN-13:978-4000222297
内容紹介:
あの出逢いは、永遠に続く一瞬のはじまりだった-1962年4月。海辺の小さな村ポルト・ヴェルゴーニャの埠頭に新人女優が降り立つ。エリザベス・テーラーとリチャード・バートン主演の大作映画『… もっと読む
あの出逢いは、永遠に続く一瞬のはじまりだった-1962年4月。海辺の小さな村ポルト・ヴェルゴーニャの埠頭に新人女優が降り立つ。エリザベス・テーラーとリチャード・バートン主演の大作映画『クレオパトラ』の出演者がなぜこんなところに?実在の映画を背景に紡ぎ出された虚構の世界。過去と現在、イタリア、アメリカ、イギリスを舞台に、壮大なスケールで描かれる、果てなき夢を抱いた老若男女の、笑いと哀感に満ちた人生の旅路。

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初出メディア

日本経済新聞

日本経済新聞 2015年7月12日

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