書評

『大自然に生きる人びと―写真で見る民族学入門』(くもん出版)

  • 2017/10/04
大自然に生きる人びと―写真で見る民族学入門 / 藤木 高嶺
大自然に生きる人びと―写真で見る民族学入門
  • 著者:藤木 高嶺
  • 出版社:くもん出版
  • 装丁:単行本(186ページ)
  • ISBN-10:4875766637
  • ISBN-13:978-4875766636
極北、高地、草原、砂漠、熱帯ジャングル……世界各地の秘境と呼ばれる地域での、著者三十年にわたるフィールドワークの成果が、数多くの写真とともに、一冊にまとめられている。サブタイトルにもあるように、民族学の入門書として格好の、楽しくて興味深い本だ。

それぞれの土地に生きる人たちと生活をともにし、心を通いあわせながらのリポートは、非常に迫力があって、しかもあたたかい。次々と紹介される、各民族の生活に根ざした文化や知恵には、感心させられっぱなしだった。

たとえば、パミール高原キルギス族のフェルト作り。ヒツジの毛が縮んでからむ性質を利用して、スダレで巻いたり熱湯をかけたりして、板のようなフェルトを作り上げてしまう。赤く染めたヒツジの毛のロープで、模様をつけることもある。

あるいは、モリを使っての、カナダ・エスキモーの見事なセイウチ狩り。釘も縄も使わず作られる雪の家は、氷の性質を実にうまく利用している。

アラブの遊牧民が、スイカを冷やす方法などもおもしろい。水をふりかけ、灼熱の太陽に捧げると、水が蒸発するときの気化熱で冷えるという寸法。

必ずしも生きやすくない、厳しい環境のなかで、大自然とともに暮らす人びとの姿は、感動的だ。彼らにとってはあたりまえのことが、私にとっては感動的である、ということの意味をつきつめていくと、結局は著者の次の言葉にたどりつくのだろう。

「現代の文明社会をふりかえったとき、いかに私たちが動物としての能力を失ってしまっているか」

私たちは、なんとも便利になったこの文明社会で、あいかわらずせっせと働いている。

で、余暇を利用してお金をかけて「アウトドアライフ」や「手作りのナントカ」を楽しんだりする。

衣・食・住のほとんどすべてが自給自足の生活、と聞くとまことに大変そうだが、彼らにも結構余暇はあるそうだ。楽器を演奏し、歌い、踊る人びとの生き生きとした姿。弓矢や空中ブランコで遊ぶ子どもたちの笑顔。

本書を読み終えたとき、数年前日本で流行したある広告のコピーが、あらためて心によみがえってきた。「幸せってなんだっけ」。

【この書評が収録されている書籍】
本をよむ日曜日 / 俵 万智
本をよむ日曜日
  • 著者:俵 万智
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:単行本(205ページ)
  • 発売日:1995-03-01
  • ISBN-10:4309009719
  • ISBN-13:978-4309009711
内容紹介:
大好きな本だけを選んで、読んだ人が本屋さんへ行きたくなるような書評を書きたい-朝日新聞日曜日の書評欄のほか、古典文学からとっておきのお気に入り本まで、バラエティ豊かに紹介する、俵万智版・読書のススメ。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

大自然に生きる人びと―写真で見る民族学入門 / 藤木 高嶺
大自然に生きる人びと―写真で見る民族学入門
  • 著者:藤木 高嶺
  • 出版社:くもん出版
  • 装丁:単行本(186ページ)
  • ISBN-10:4875766637
  • ISBN-13:978-4875766636

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初出メディア

朝日新聞

朝日新聞

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