後書き

『シェイクスピア・カーニヴァル』(平凡社)

  • 2017/10/08
シェイクスピア・カーニヴァル / ヤン・コット
シェイクスピア・カーニヴァル
  • 著者:ヤン・コット
  • 翻訳:高山 宏
  • 出版社:平凡社
  • 装丁:単行本(253ページ)
  • ISBN-10:4582316123
  • ISBN-13:978-4582316124
内容紹介:
豊饒なるバフチーン、終末を生きるヘルメース学。『シェイクスピアはわれらの同時代人』のヤン・コットが、を自家薬篭中のものとして再びシェイクスピアに挑む。待望の書。
自ら『不条理の演劇』(一九六一、邦訳晶文社、一九六八)を発表してコットの完壁な「同時代人」たることを明らかにした演劇批評家マーティン・エスリンによるコット観は、こうした文脈ではなかなか面白いかもしれない。知識の専門分化をもたらす西欧型の教育システムの確立が遅れていたのが幸いして、かえって専門分化の弊害を嘆く六〇年代末のような地点にうべなわれるべき「中央ヨーロッパ」型の普遍的教養人がいくらも存在した、とエスリンは言う。エスリンその人が元々はハンガリーの人である。ルカーチからバルトルシャイティスまで、マニエリスム研究のマックス・ドヴォルシャック、フレデリック・アンタルから新着映画『アリス』のヤン・シュワンクマイエルまで、コンメーディア・デッラルテを現代に蘇らせるオトマール・クレイチャからブラザーズ・クエイまで、『芸術の社会学』のアーノルド・ハウザーからジョナス・メカス(リトアニア)まで一体何をどこまで知っているのか分からない底知れぬ「普遍人」が中東欧から輩出した。「一人のポーランド人としてヤン・コットは普遍知を身につけた普遍人のこの消滅しつつあるタイプのめざましい代表選手ではないか」(M・エスリン)。要するに専門馬鹿化という知的野蛮(ヴァンタリズム)の渦中に徐々に「消滅」させられつつあるタイプの知性が、同様な状況に置かれていたルネッサンスの賢者(メイガス)たちの苦い「絶望」に仮託して自らの栄光と苦渋を表現した本として、この『シェイクスピア・カーニヴァル』は読める。ルネッサンス賢者たちは、分断に抗う現代の「普遍人」たちにとってたしかに「われらの同時代人」だと言えるのだろう。六〇年代、ルネッサンス型普遍知の蘇るべきことを「中央ヨーロッパ」をキーワードに言った批評家に、ジョージ・スタイナーがいた。六〇年代を舞台に行われたこうした知的方法の実験場、というか現場のひとつとしてコット批評をもう一度見直してみること。伏流する系譜の、どれだけの展観がひらけてくるか、ぞくぞくする。

不条理の演劇   / マーティン・エスリン
不条理の演劇
  • 著者:マーティン・エスリン
  • 翻訳:小田島 雄志
  • 出版社:晶文社
  • 装丁:単行本(397ページ)
  • 発売日:1968-00-00

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

少々大袈裟な話になったが、話題を本書の限目、バフチーン批評の利用のことにせばめてひとこと言っておこう。バフチーンの祝祭論を介して十七世紀演劇史を民衆文化の側に引きつけて書き換えようという動きが、子想通りこのところ盛んで、たとえば、すぐにでも邦訳すべきものとして思いだされる
Bristol, Michael D., Carnival and Theater; Plebeian Culture and the Structure of Authority in Renaissance England (Methuen; New York and London. 1985).
Stallybrass, Peter and Allon White, The Politics and Poetics of Transgression (Methuen; London, 1986).
Hutson, Lorna, Thomas Nashe in Context (Clarendon Press; Oxford, 1989)
をはじめ、トマス・ナッシュやベン・ジョンソンをめぐってバフチーンのカーニヴァル論をうまく使う著作や雑誌論文が次々に出ている。ちなみに二ール・ローズの同趣向の快著『エリザベス朝のグロテスク』は先般同僚上野美子氏を頼って同じ平凡社から邦訳したばかりだから、その併読と、なかんずく上野氏による解題記事の併読を勧めておきたい。ストリブラスとアロン・ホワイトの共著は、近代という「ノモスの腹に穴を穿(うが)つ」汚穢の対抗文化の思わぬ脈絡と、バフチーン批評のどちらに関心がある人にとっても決定的と言い切れる画期的な本。本橋哲也氏という最高の訳者を得て、邦訳本も出た[『境界侵犯、その詩学と政治学』ありな書房]。上野美子、本橋哲也と揃った東京都立大学十七世紀ヨーロッパ演劇研究集団が何か起こしてくれそうだ。それにしても、ストリブラスより偉かったアロン・ホワイトの、『カーニヴァル、ヒステリー、エクリチュール』(一九九四)一冊残しての突然の死が余りにも口惜しい。

いずれにしてもこれらの動きは一九八〇年代になってからの動きで、『シェイクスピア・カーニヴァル』中の文章のいくつかは一九七二ー七三年の時点に書かれていたというヤン・コットの言葉を信じるならば、ここでも彼はいつもながらにパイオニア的な勘の良さを発揮していたことになるだろう。

(次ページに続く)
シェイクスピア・カーニヴァル / ヤン・コット
シェイクスピア・カーニヴァル
  • 著者:ヤン・コット
  • 翻訳:高山 宏
  • 出版社:平凡社
  • 装丁:単行本(253ページ)
  • ISBN-10:4582316123
  • ISBN-13:978-4582316124
内容紹介:
豊饒なるバフチーン、終末を生きるヘルメース学。『シェイクスピアはわれらの同時代人』のヤン・コットが、を自家薬篭中のものとして再びシェイクスピアに挑む。待望の書。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

  • 週に1度お届けする書評ダイジェスト!
  • 「新しい書評のあり方」を探すALL REVIEWSのファンクラブ
関連記事
高山 宏の書評/解説/選評
ページトップへ