書評

『郵便屋』(河出書房新社)

  • 2017/11/26
郵便屋 / 笹山 久三
郵便屋
  • 著者:笹山 久三
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:文庫(243ページ)
  • ISBN-10:4309404219
  • ISBN-13:978-4309404219
内容紹介:
『四万十川』の作者が、二十余年にわたる郵便局勤務をもとに、誰も書かなかった苛酷な労働現場の実態をえぐり出しつつ、そこからの人間的再生を求めて立ち上がる人人の姿を、爽やかに感動的に描き出し、大きな反響を呼んだ傑作。
白いヘルメットに緑の制服、赤いバイクで町を軽快に走る郵便配達員。人々に夢を配っているようなその姿には、誰もが親しみを感じるのではないだろうか。

しかし、ここに描かれているのは、およそ一般のイメージとはかけ離れた、過酷な労働に身も心もぼろぼろになってゆく、彼らの姿である。『四万十川』で、人間の心のぬくもりを伝えてくれた著者が、今回はひんやりとした読後感を運ぶ。

本書の主人公、大久保は、セールスマンという仕事に疲れはてていたころ「街をいく郵便配達のゆったりとした動きを見ていて、この仕事なら気楽だと」思って、転職をした。

が、現実は予想をはるかに越えて、厳しかった。増え続ける郵便に、追われるような毎日。めちゃくちゃな運転をして数分を節約し、体に鞭打ち残業を重ねても、配りきれないほどの仕事量。しかも「班」という単位で配達は行われる。一人の手際が悪ければ、班の全員に迷惑がかかるという仕組みだ。

気持ちにゆとりのないとき、人は簡単に意地悪になってしまう。他人の欠点が、直接自分の仕事量にはねかえってくるとなれば、なおさらだ。その結果、配達に時間のかかる高齢者や、覚えの悪い若者は、いやみと皮肉の嵐のなかで、耐えねばならないことになる。

嵐を緩和するために、無理に無理を重ねてしまう。

肉体的・物理的に追い詰められた人間同士が、いつのまにか互いの精神を蝕みあい、そうすることによってしか今の自分を支えられないようになってゆく過程が、丁寧に丁寧に描かれてゆく。息苦しいほどの迫力で、しかも生々しい。余計なことかもしれないけれど、どうか現実の郵便配達員の世界は、こんなにひどくはありませんようにと、祈りたくなってしまった。

もちろん、こういった問題は、ひとつの世界に限られたことではないだろう。私の職場こそこうだ、と共感を持つ人も多いかもしれない。本書に描かれているのは、極めて現代的な、職場の人間関係の歪みなのだから。原因は一人の人間のなかにあるのではなく、関係が悪循環して、殺伐とした空気を生み出してしまうこと……。

大久保は、不思議なほど明るい雰囲気を持つ隣の班の人間と親しくなる。彼らとの会話のなかで得た「心の自治」という言葉。それがこの小説の提起している問題を解く、キーワードであるようだ。

【この書評が収録されている書籍】
本をよむ日曜日 / 俵 万智
本をよむ日曜日
  • 著者:俵 万智
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:単行本(205ページ)
  • 発売日:1995-03-01
  • ISBN-10:4309009719
  • ISBN-13:978-4309009711
内容紹介:
大好きな本だけを選んで、読んだ人が本屋さんへ行きたくなるような書評を書きたい-朝日新聞日曜日の書評欄のほか、古典文学からとっておきのお気に入り本まで、バラエティ豊かに紹介する、俵万智版・読書のススメ。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

郵便屋 / 笹山 久三
郵便屋
  • 著者:笹山 久三
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:文庫(243ページ)
  • ISBN-10:4309404219
  • ISBN-13:978-4309404219
内容紹介:
『四万十川』の作者が、二十余年にわたる郵便局勤務をもとに、誰も書かなかった苛酷な労働現場の実態をえぐり出しつつ、そこからの人間的再生を求めて立ち上がる人人の姿を、爽やかに感動的に描き出し、大きな反響を呼んだ傑作。

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初出メディア

朝日新聞

朝日新聞

朝日新聞デジタルは朝日新聞のニュースサイトです。政治、経済、社会、国際、スポーツ、カルチャー、サイエンスなどの速報ニュースに加え、教育、医療、環境、ファッション、車などの話題や写真も。2012年にアサヒ・コムからブランド名を変更しました。

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