書評
『猫鳴り』(双葉社)
トヨザキ的評価軸:
◎「金の斧(親を質に入れても買って読め)」
「銀の斧(図書館で借りられたら読めば―)」
「鉄の斧(ブックオフで100円で売っていても読むべからず)」
結局は仔猫を飼うことにした信枝が、その仔猫モンを母親から捨てるよう命じられたという風変わりな女の子アヤメと知り合うまでを描いた第一部。幼児や小動物に真っ黒な憎しみをたぎらせている不登校の中学生男子が、すんでのところで絶望という真黒の闇から引き返してくるまでを、少年とアヤメ、大きく成長したモンとの交流を通して描く第二部。妻の信枝に先立たれた藤治と老猫になったモンの最期の日々を描いた第三部。
捨てられても捨てられても信枝のもとに戻ってくる生命力の強さを示す仔猫のモン。去勢されたために他の猫とは争う以外コミュニケーションの術を持てず、孤高のボス猫として君臨する成猫のモン。二十歳になり、少しずつ死の側に心身を寄せていく老猫のモン。それぞれのモンの姿を通して登場人物らの心の襞に分け入っていく作者の力強い筆致が印象的です。
稀代のケモノバカとしては藤治とモンの老境を描く第三部がとりわけ胸に響きます。喉を鳴らすモンの体の震動を感じながら〈互いの頭の中身が水みたいに不定形に流れ出ていき、流れ込んでくる。猫だの人間だのの境界がぼやけて、藤治はモンを納得し、モンは藤治を納得して、丸ごと曖昧に溶け合って安心している〉という境地に至る藤治に共感の握手を求めたくなりますし、弱っていくモンを見守るのはたしかにつらいのですが、〈こいつはまるで、俺に手本を示しているみたいじゃないか。そう遠くない日に、俺自身が行かなけりゃなんない道を、自分が先に楽々と歩いて俺に見せているみたいだ〉と藤治が感心するように、最期まで堂々と生き抜き大往生を遂げる二十歳のモンの姿には、涙よりも賛辞がふさわしいと思える救いがあるのです。読み始めはどうなることかと思いましたが、いや、これはとても良い小説です。
【この書評が収録されている書籍】
◎「金の斧(親を質に入れても買って読め)」
「銀の斧(図書館で借りられたら読めば―)」
「鉄の斧(ブックオフで100円で売っていても読むべからず)」
何度も読むのをやめようと思ったが……いや、これはとても良い小説です
いぃやあぁぁぁあーっ! 沼田まほかる『猫鳴り』を読んで、五十ページあたりまで何度も魂の叫びを上げたわたくしなんでしたの。主人公は、夫のではないお腹の子を流産し心荒ませている四十歳の主婦・信枝、で、この女ったら家のそばに捨てられていた仔猫の鳴き声がうるさいからって、新聞紙に包んでカラスに食われやすい畑に移動させるんですの。で、それでも戻ってきた仔猫を、今度は夫の藤治に頼んでもっと遠くに捨てに行かせるんですの。で、また戻ってきた仔猫をいったんは家の中に入れるんですが、「今度こそ飼うだろう」という願いも空しく、まあーた捨てに行きやがるんですのっ。ふがー! 何度も読むのを途中で止めてしまおうと思ったほど苦しかったんです。結局は仔猫を飼うことにした信枝が、その仔猫モンを母親から捨てるよう命じられたという風変わりな女の子アヤメと知り合うまでを描いた第一部。幼児や小動物に真っ黒な憎しみをたぎらせている不登校の中学生男子が、すんでのところで絶望という真黒の闇から引き返してくるまでを、少年とアヤメ、大きく成長したモンとの交流を通して描く第二部。妻の信枝に先立たれた藤治と老猫になったモンの最期の日々を描いた第三部。
捨てられても捨てられても信枝のもとに戻ってくる生命力の強さを示す仔猫のモン。去勢されたために他の猫とは争う以外コミュニケーションの術を持てず、孤高のボス猫として君臨する成猫のモン。二十歳になり、少しずつ死の側に心身を寄せていく老猫のモン。それぞれのモンの姿を通して登場人物らの心の襞に分け入っていく作者の力強い筆致が印象的です。
稀代のケモノバカとしては藤治とモンの老境を描く第三部がとりわけ胸に響きます。喉を鳴らすモンの体の震動を感じながら〈互いの頭の中身が水みたいに不定形に流れ出ていき、流れ込んでくる。猫だの人間だのの境界がぼやけて、藤治はモンを納得し、モンは藤治を納得して、丸ごと曖昧に溶け合って安心している〉という境地に至る藤治に共感の握手を求めたくなりますし、弱っていくモンを見守るのはたしかにつらいのですが、〈こいつはまるで、俺に手本を示しているみたいじゃないか。そう遠くない日に、俺自身が行かなけりゃなんない道を、自分が先に楽々と歩いて俺に見せているみたいだ〉と藤治が感心するように、最期まで堂々と生き抜き大往生を遂げる二十歳のモンの姿には、涙よりも賛辞がふさわしいと思える救いがあるのです。読み始めはどうなることかと思いましたが、いや、これはとても良い小説です。
【この書評が収録されている書籍】
ALL REVIEWSをフォローする





































