書評

『日本領サイパン島の一万日』(岩波書店)

  • 2017/11/08
日本領サイパン島の一万日 / 野村 進
日本領サイパン島の一万日
  • 著者:野村 進
  • 出版社:岩波書店
  • 装丁:単行本(402ページ)
  • 発売日:2005-08-05
  • ISBN-10:4000242385
  • ISBN-13:978-4000242387
内容紹介:
今から90年前、一人の日本人がサイパン島に漂着。彼は故郷・山形から集団移民を募り、獣が棲息する密林の開拓に乗り出す…。その時から始まる日本統治領サイパンの30年を、二つの家族の歴史を通して描くノンフィクション。

南洋開拓にかけた家族のドラマ

いまから九年前の夏、ふと思い立ってサイパンを訪ねてみた(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は2005年)。南洋庁職員としてパラオに赴任した中島敦が岩波文庫はサイパンでないと手に入らないと日記に記しているのが気になったからだ。戦後の我々は、サイパンというと「玉砕の島」「B29の出撃基地」という軍事的イメージを被せるが、これは少し違う。サイパンは移民が築いた南洋交易の中心地であり、「南洋の東京」として富み栄えていたのだ。

本書は、開墾から玉砕に至るサイパン島民の一万日を、山口百(もも)次郎一家と石山万太郎・正太郎一家からの聞き取りを中心にして跡づけた庶民の大河ノンフィクションである。

一九一五年、一獲千金を夢見て南洋を漂流していた山形県出身の山口百次郎はドイツ領だったサイパンにたどりつく。やがてサイパンは日本軍に占領され、日本の信託統治領に変わる。百次郎はキクラゲの採取から始めて財を築き、中心地ガラパンで商店や旅館を営む「南洋成金」となるや、山形に凱旋して南洋植民の熱を吹き込み、多くの山形県人をサイパンやテニアンに送り込んだ。

その中に石山万太郎・正太郎一家がいた。一家はテニアンに入植したが南洋は楽園ではなかった。拓殖会社、製糖会社が経営不振で撤退し、一家も挫折を何度も味わうが、スイカ栽培で成功し、サトウキビ栽培も好転しはじめる。

それは、松江春次率いる南洋興発がサイパンの開発に乗り出したのと軌を一にしている。松江は沖縄県人を労働力として使い、病虫害を克服すると同時に改良品種を導入して、ついにサトウキビ栽培と製糖業を事業化する。「南興の経営は安定に向かう。移民の数も並行して伸び、昭和元年(一九二六年)には南興で働く移民の総数は五千人以上、その八割近くを沖縄県人が占めるようになった」

南洋興発の成功を機にサイパンは繁栄を始める。中心地のガラパンには色街もできて「南洋の東京」と呼ばれるまでになる。「一九三六年になると、ガラパン全体で四十七軒の料亭が登録され、芸妓は三十一人、酌婦は二百四十人にのぼっている。人口二万の島にしては、異常な多さである」。色街だけではない。北ガラパン二丁目には商店や娯楽施設を始めとしてデパートや新聞社も勢揃いして「ガラパン銀座」が誕生した。

サイパン原住のチャモロ人やカナカ人もサイパン公学校に通い、日本語で教育を受けたが、差別は存在していた。しかし一方には、差別に憤る山口百次郎のような正義漢もいた。

やがて、日中戦争を境にサイパンは軍島化する。米軍が上陸し、民間人は砲弾の中を逃げ惑う。そのとき、米軍の攻撃以上に島民を苦しめたのは、極端な水不足だった。島には水源はないに等しかったからだ。砲弾に脅え、飢えと乾きに苦しんだ島民は「家族全員がそろって一瞬のうちに爆死するほうがずっとよい」と思うようになる。日本軍守備隊の「バンザイ・アタック」が米兵の恐怖を煽り、島民が掃討作戦の巻き添えになる。

正太郎一家も岩場に追い詰められ、飛び込み自殺を図る。「三人が、それに乗って波打ち際まで来た瞬間、正太郎は妻の腕をつかみ、有らん限りの力で引き揚げた」。米軍の収容所で正太郎は感慨にふける。「いかに、人間は生きるために生まれてきていることか。やっぱり、生きるために生まれてきたのが人間なんだな」

サイパンの歴史は日本現代史の縮刷版。サイパンを見ると、日本の現代史が見えてくる。
日本領サイパン島の一万日 / 野村 進
日本領サイパン島の一万日
  • 著者:野村 進
  • 出版社:岩波書店
  • 装丁:単行本(402ページ)
  • 発売日:2005-08-05
  • ISBN-10:4000242385
  • ISBN-13:978-4000242387
内容紹介:
今から90年前、一人の日本人がサイパン島に漂着。彼は故郷・山形から集団移民を募り、獣が棲息する密林の開拓に乗り出す…。その時から始まる日本統治領サイパンの30年を、二つの家族の歴史を通して描くノンフィクション。

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2005年09月11日

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