書評

『美の襲撃―評論集』(講談社)

  • 2017/12/16
美の襲撃―評論集  / 三島 由紀夫
美の襲撃―評論集
  • 著者:三島 由紀夫
  • 出版社:講談社
  • 装丁:-(364ページ)
「美は存在の力である。客観性の保証である。悪は魅惑する力である。佯(いつ)はりの、人工と巧智の限りをつくして、人を魅き、憑き、天外へ拉し去る力である。そしてナルシスムは、彼自身のなかで、美と悪とを強引に化合させる力である」と三島氏は「六世中村歌右衛門序説」で書いているが――この本の総題になっている「美の襲撃」という、ことさら矛盾概念を結合した著者好みの言葉が端的に示す通り、三島氏は、この本のなかで一貫して、ふつうスタティックなものと考えられている「美」と、能動的な力と考えられている「悪」とを、彼自身の作家としての機能、すなわち「ナルシスム」のなかで、強引に化合させることを夢みているようである。

その意味で、歌右衛門に対する批評(礼讃)は同時に三島氏の自己批評(自己礼讃)であり、その他のエッセイもすべて、現代に生きる作家の倫理を主題とした、いわばこの著者の信仰告白である。三島氏がもし批評家であるなら、信仰告白しかできない幸福な批評家であろう。

美と悪についての不吉な二十世紀的問題提起は、サルトルが彪大な「ジャン・ジュネ論」のなかで縦横に論じつくしてしまったので、私たちはもう何も言うことがなくなってしまった。しかし、芸術が芸術を逸脱し、文学が文学を逸脱する危険な二十世紀の真空ゾーン(ここに美と悪の問題がひそんでいる)に貪婪(事務局注:どんらん)な眼をそそぎながら、しかもなお、「すべての『芸術的なもの』はピッチリと『芸術』の中へ閉ぢ込めておかねばならぬといふ、芸術家の根本的な倫理を体得」している作家が、三島氏をのぞいて、この日本に何人いるだろうかと考えると、私のような気の短いアナルシストは、やはり、現実を両手でひっかきまわして、すべての「芸術的なもの」と「芸術」とを麻雀のパイのようにごちゃまぜにしてしまいたい誘惑にかられるのだ。これは、私が真正の芸術家でなくて、ディレッタントであるためかもしれない。

集中、私が最もおもしろく読んだのは、「現代的状況の象徴的構図」と副題のついた、「魔」という文章である。「作家あるひは詩人は、現代的状況について、それを分析するよりも、一つの象徴的構図の下に理解することが多い」と三島氏は書いているが、以前から私は、三島氏の現代的状況から抽出してくる構図が、いわば三面記事的象徴主義ともいうべきものであることに気がついていた。近作『獣の戯れ』またしかりである。

ところで、「通り魔」や「死の権力意志」を分析する三島氏の筆は、かつてのグレコフィリア、古典主義者としての氏の顔を、今さらながら、暗澹たる色に染め出して見せている。どのエッセイでも、氏は最後に「美」の役割や「作家」の役割を持ち出して、解決にならない解決を急ぐ。作家が最後に救われるという信念を三島氏がもっているとは、私には信じられない。

「オレは実はオレじゃない」などと言って、氏は韜晦するが、かつての三島氏は「悪趣味」などという題目をこれほど熱をこめてあげつらいはしなかった。「悪趣味」論は、私にも非常におもしろいが、それを語ること自体が何とも空虚なことのように思われてならぬ。

「政治的人間とはどうあるべきかといふ考察が、つぎつぎと私の心の中に生まれた。私は何かといふと、私はニヒリストである。しかし幸ひにして、私は小説家であつて、政治家ではない。」――何が「幸い」なのか、私にはさっぱり解らない。

【この書評が収録されている書籍】
澁澤龍彦書評集成  / 澁澤 龍彦
澁澤龍彦書評集成
  • 著者:澁澤 龍彦
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:文庫(480ページ)
  • 発売日:2008-10-03
  • ISBN-10:4309409326
  • ISBN-13:978-4309409320

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美の襲撃―評論集  / 三島 由紀夫
美の襲撃―評論集
  • 著者:三島 由紀夫
  • 出版社:講談社
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