書評

『行為と死』(新潮社)

  • 2017/09/10
行為と死 / 石原 慎太郎
行為と死
  • 著者:石原 慎太郎
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:文庫(187ページ)
  • ISBN-10:410111904X
  • ISBN-13:978-4101119045
内容紹介:
愛する女性ファリダのために、スエズ義勇軍に参加し、爆薬を抱えて夜の海を泳ぎきり、かけがえのない生命の燃焼の時間を持ち得た男、皆川。ところが東京に帰った皆川は、次から次とさまざまな女の肉体に惑溺し、バルトリン腺粘液の白い海に溺れて過ぎてゆく日々……。交錯するスエズと東京、純粋な愛とすさまじい性の営み、現代人にとっての“人間復権”を激しく追究した野心作。
最近、大江健三郎の『日常生活の冒険』を読み、次いで石原慎太郎の『行為と死』を読んだが、いろいろな意味で、この若い世代のホープと目される二作家の対比は、おもしろかった。たまたま、小説家のM氏からもらった私信に、「家父長制思想」と「母権制思想」との対立について言及してあったが、この図式を当てはめれば、大江氏は母権制思想、石原氏は家父長制思想の代表者ということにもなろうか。

二作家の対照は、その文体にも反映していて、大江氏の文体は典型的な粘液質、石原氏の文体は、どちらかといえば胆汁質である。

もっとも、『行為と死』の冒頭の「スエズ」の場面を読み出して、ゆくりなくも、わたしがまず頭に浮かべたのは、山中峯太郎の文体であった。短かい内的独白を挟みながら、歯切れのよい速度で、適度にハード・ボイルドな描写をつづけて行くところは、アンドレ・マルロオというよりも、むしろ、あのまことに日本的な冒険小説の大家、山中峯太郎そっくりと言うべきである。

わたしは、ストーリイ・テラーとしての石原氏の才能を買っているが、「愛」だとか「存在」だとか「行為」だとか、あられもないことを口走る主人公の通俗哲学には、一顧も与える気にならない。性行為の描写と平行して存在論的な独白がつづくが、これは退屈で、噴飯物である。

ただ、この作品について「禁欲主義の再評価」と述べた林房雄氏の意見は、傾聴に値すると思っている。家父長制思想の代表者、石原慎太郎は、みずから「十九世紀的人間」と称する通り、モラルの解放者ではなくて、秩序の味方である。性に対する見解が、大江健三郎と真向から対立するのも、故なしとしない。

ところで、奇妙なことに、大江氏が「アルジェリア」と叫べば、石原氏は「スエズ」と答える。後進国のナショナリズムが、どうしてそんなに気になるのだろう。わたしでさえ、「明治は遠くなりにけり」という感慨が浮かぶ。もっとも、『行為と死』には、ファナティックな民族主義に対する露骨な嫌悪が示されているが、それでも随所に、「日本人ここにあり」といった気概が隠見するのは否めないだろう。

【この書評が収録されている書籍】
澁澤龍彦書評集成  / 澁澤 龍彦
澁澤龍彦書評集成
  • 著者:澁澤 龍彦
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:文庫(480ページ)
  • 発売日:2008-10-03
  • ISBN-10:4309409326
  • ISBN-13:978-4309409320

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行為と死 / 石原 慎太郎
行為と死
  • 著者:石原 慎太郎
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:文庫(187ページ)
  • ISBN-10:410111904X
  • ISBN-13:978-4101119045
内容紹介:
愛する女性ファリダのために、スエズ義勇軍に参加し、爆薬を抱えて夜の海を泳ぎきり、かけがえのない生命の燃焼の時間を持ち得た男、皆川。ところが東京に帰った皆川は、次から次とさまざまな女の肉体に惑溺し、バルトリン腺粘液の白い海に溺れて過ぎてゆく日々……。交錯するスエズと東京、純粋な愛とすさまじい性の営み、現代人にとっての“人間復権”を激しく追究した野心作。

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