書評
『山師カリオストロの大冒険』(岩波書店)
この本の著者、種村季弘氏はかつて『詐欺師の楽園』という、とほうもなく面白い本を書いた。今度は山師である。まあ、詐欺師も山師も似たようなもので、こういう方面の人物を料理することにかけては、現代の日本で、種村氏の右に出る者はいないであろう。すなわち、この本も文句なく、すてきに面白いのである。
カリオストロは十八世紀、イタリアのシチリア島に生まれた男で、全ヨーロッパを股にかけて、詐欺行脚をして歩いた。
当時、フランス革命以前のヨーロッパには、山師のような男がしきりに諸国の宮廷に出入りしていたが、そのなかでも、カリオストロは桁はずれに痛快な人物である。
みずから魔術師あるいは錬金術師と称し、いろんな奇蹟を行って、ひとびとを煙に巻いたり、フリーメーソンの大首長となって、政治的陰謀に加担したりもした。また、ある時は紙幣贋造家、ある時は偽医者、ある時は自分の妻に美人局をやらせたりもした。ぺてんが露見して、パリのバスティーユの牢獄や、ローマのサン・タンジェロの牢獄に幽閉されたこともある。
この種村氏の本で、とくに興味深いのは、カリオストロの大活躍と並行して、当時のヨーロッパの思想状況や、政治情勢までが活写されていることであろう。ゲーテやカザノヴァや、フランス王妃マリー・アントワネットなどの名前が登場してくるのだから、舞台の背景はまことに多彩である。
フランス大革命の序曲として名高い、いわゆるマリー・アントワネットの「首飾り事件」も、著者によってくわしく解説されていて、「事実は小説よりも奇なり」といつた感をいだかしめるに十分だ。この事件にも、カリオストロは関係しているのである。
しかし稀代の大山師も、最後は異端の嫌疑を受け、終身刑を宣告されて、獄中で悲惨な最期をとげることになる。それが山師の宿命なのかもしれない。
「カリオストロを牢獄と墓のなかに封じた世界は、その燔祭の上につつがなく延命をことほぐ結果を迎えたであろうか。彼を取り逃したフランス宮廷は潰滅したが、彼を取り抑えた教皇庁はからくも延命した。しかし、はたしてカリオストロは肉体の死とともに精神としても死滅したのであろうか。彼は肉体の死という境界をも、あるいは潜り抜けたのではあるまいか」と著者は書いている。
【この書評が収録されている書籍】
カリオストロは十八世紀、イタリアのシチリア島に生まれた男で、全ヨーロッパを股にかけて、詐欺行脚をして歩いた。
当時、フランス革命以前のヨーロッパには、山師のような男がしきりに諸国の宮廷に出入りしていたが、そのなかでも、カリオストロは桁はずれに痛快な人物である。
みずから魔術師あるいは錬金術師と称し、いろんな奇蹟を行って、ひとびとを煙に巻いたり、フリーメーソンの大首長となって、政治的陰謀に加担したりもした。また、ある時は紙幣贋造家、ある時は偽医者、ある時は自分の妻に美人局をやらせたりもした。ぺてんが露見して、パリのバスティーユの牢獄や、ローマのサン・タンジェロの牢獄に幽閉されたこともある。
この種村氏の本で、とくに興味深いのは、カリオストロの大活躍と並行して、当時のヨーロッパの思想状況や、政治情勢までが活写されていることであろう。ゲーテやカザノヴァや、フランス王妃マリー・アントワネットなどの名前が登場してくるのだから、舞台の背景はまことに多彩である。
フランス大革命の序曲として名高い、いわゆるマリー・アントワネットの「首飾り事件」も、著者によってくわしく解説されていて、「事実は小説よりも奇なり」といつた感をいだかしめるに十分だ。この事件にも、カリオストロは関係しているのである。
しかし稀代の大山師も、最後は異端の嫌疑を受け、終身刑を宣告されて、獄中で悲惨な最期をとげることになる。それが山師の宿命なのかもしれない。
「カリオストロを牢獄と墓のなかに封じた世界は、その燔祭の上につつがなく延命をことほぐ結果を迎えたであろうか。彼を取り逃したフランス宮廷は潰滅したが、彼を取り抑えた教皇庁はからくも延命した。しかし、はたしてカリオストロは肉体の死とともに精神としても死滅したのであろうか。彼は肉体の死という境界をも、あるいは潜り抜けたのではあるまいか」と著者は書いている。
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