インターネットで他人を血祭りにあげる人々
ツイッターでアメリカの情報を追っている人は知っているかもしれないが、2013年12月にある女性が書いたツイートが、世界的に大炎上する事件があった。IACというネットサービス企業でPRのシニア・ディレクターという要職に就いていたジャスティン・サッコは、当時30歳で、洗練された金髪美人だった。ニューヨークから南アフリカへの長旅の途中、乗り換えのロンドン・ヒースロー空港で次のようなツイートをして、飛行機に乗り込んだ。
Going to Africa. Hope I don't get AIDS. Just kidding. I'm white!
(アフリカに向かっているところ。エイズにかからないといいけど。冗談よ〜。だって私、白人だもん)
ぱっと見ると、人種差別丸出しのひどいツイートだ。けれども、ジャスティン本人は、アメリカのスタンドアップコメディアンがよく使う自嘲のテクニックで「愚かな白人の発想」をあざ笑ったつもりだったのだ。
エイズが黒人やゲイがかかる病気だと思い込んでいる差別的な白人はまだまだ多く、「アフリカは怖いから行かない」と真面目な顔で言う人がいる。それを前提にしたジョークなのだが、ツイッターの場では危険だ。慣れている人なら「これは絶対に誤解を招く」とわかる。
ただ、当時の彼女のツイッターのフォロワーはたったの170人だ。通常なら、身近な知り合いに「これはやめたほうがいいよ」と忠告されてツイートを消し、たいしたダメージもなく終わる話だ。
ところが問題は、ロンドンからケープタウンのフライトが11時間という長時間だったことだ。ジャスティンが機上で何も知らずに眠っているうちに、地上のネットの世界ではいろいろな化学反応が起きていた。
まず、知り合いからEメールでこのツイートを知ったジャーナリストがシリコンバレーのゴシップを載せる情報サイト「ValleyWag」に記事を書き、それをツイートした。それを読んでリツイート(読んだ人が自分のフォロワーにシェアすること。RT)したのはフォロワーが多いテックジャーナリストたちだった。
そのうち、"How did @JustineSacco get a PR job?! Her level of racist ignorance belongs on Fox News. #AIDS can affect anyone!"(こんなジャスティン・サッコがどうやってPRの仕事を得られたわけ?! 彼女の人種差別と無知のレベルはフォックスニュース並だわ。エイズは誰だってかかるのに!)という非難のツイートが生まれ、それに刺激されて怒りのバリエーションも増えていった。
次に登場したのが、その炎上を娯楽として喜ぶ人たちだ。
All I want for Christmas is to see @JustineSacco's face when her plane lands and she checks her inbox/voicemail.
(飛行機が着陸して電話のメッセージをチェックするときのジャスティン・サッコの顔を見てみたい。クリスマスのプレゼントにほしいのはそれだけさ)
We are about to watch this @JustineSacco bitch get fired. In REAL time. Before she even KNOWS she's getting fired.
(しめしめ、ジャスティン・サッコというビッチが解雇されるのをリアルタイムで見られるぞ。それも、本人が知る前にな)
という悪意に満ちたツイートもあふれた。
私もこの事件を覚えているが、最初は「PR専門家にしてはツイートへの考慮が足りない」と呆れて憤り、「企業はもっとソーシャルメディアの使い方を社員に教育するべきじゃないだろうか?」と思った。だが、すでに何度も謝罪しているジャスティンに対する度を超えた悪意を目にするうちに居心地が悪くなったことは事実だ。
ネットで「正義の味方」になるのは簡単だ。叩きやすい人を見つけて、正義の名のもとに制裁を与えればいいのだから。匿名のままでいれば、自分が公で処刑されるリスクを犯さずに攻撃できる。これほど鬱憤晴らしになる娯楽はないだろう。
実際には他人を救う力がなくても、他人の人生を破壊するパワーは誰にでも持てる。それを使う「スーパーヒーロー」たちが蔓延しているのが今のインターネットの世界だ。
ただし、この悪意のパワーは誰の中にも潜んでいる。気をつけていないと、自分自身も正義感を振りかざして他人を破壊するスーパーヒーローになってしまう。
ジャーナリストで作家のジョン・ロンソンはそんな危機感を持って『So You've Been Publicly Shamed (English Edition) 』(それゆえあなたはネットで晒された)という本を書いた。彼は、ジャスティンのようにネットで血祭りにあげられ、人生を破壊された人々を紹介し、私たち一般人の中に潜んでいる悪意とそれを増幅するネットの恐ろしさに警鐘を鳴らしている。
ツイート炎上事件を起こしたジャスティン・サッコは大好きだった仕事を失い、自分や家族が見知らぬ者に攻撃されることに怯え、友だちや同僚を失って孤独に陥り、鬱状態になった。全世界が名前を知っているような状況で次の職を得ることは難しく、ようやく次の職を得たのは1年後のことだ。もちろん以前のようなポジションではない。
ジャスティンはそこまで罰せられるほどの罪を犯したのだろうか?
ロンソンも私もそうは思わない。だがロンソンがそう語ったところ、「1年後に職を見つけているじゃないか」と、かえって攻撃を受けたそうだ。
ロンソンは、「初期の頃のツイッターでは、人々は自分の欠点や秘密に正直でいられた。そんなエデンの園の雰囲気があった。なのに、急速に凋落して地獄(hell)になってしまった」と嘆いた。使用者が増えた今のツイッターは、互いの言葉尻を捉えて糾弾する場に変わってしまったからだ。
最近聞いた講演でもロンソンは、「(初期の頃)フェイスブックは知り合いに嘘を言う場所、ツイッターは見知らぬ人に本音を打ち明ける場所だった」と語っていたが、長年ツイッターをやっている私もそんな印象を抱いている。もうその頃の「楽園」は戻ってこないのだろうか?
ロンソンは、2011年に私がブログで紹介して、それがきっかけで日本語に翻訳された『Psychopath Test(サイコパスを探せ! : 「狂気」をめぐる冒険 )』の著者であり、メディアに決して応じない人々から取材するのが異様にうまい。相手の心にじんわり忍び込んでしまう特技があるのだろう。本書の魅力は、扱っているトピックの面白さだけでなく、ロンソンという人そのものでもある。彼が書く本の絶妙な味を知ったらやみつきになることまちがいなしだ。
【So You've Been Publicly Shamedの翻訳版】