自著解説
『白磁海岸』(小学館)
白磁の真実
本作品は、「青春」の決して甘くない記憶と、「死んだ愛息を追慕」する母親の執念と、そしてタイトルにある「白磁」がテーマになっている。暗い情念の中に、白磁の仄白い美しさが浮かびあがってくるはずだ。連載を終えて筆を擱いたとき、私は死後も追慕される息子になり、その息子を愛し続ける母親になり、そしてさらに、学生時代の三角関係に鬱屈する青年になり、あらゆる情念と無縁に何百年も生き続けてきた白磁自身になり、人間も美しい骨董も荒波で揉みしだく北陸の海になっていた。
日本はテレビやネットなどのおかげで、どの土地も均質になったのだろうか。私にはそうは思えない。均質になった上澄みは確かに在る。けれどその底には、土地が持つ澱のようなもの、あるいは匂いのようなものが確かに在り、そこから五感を切り離そうとしても無理なのだ。
私は金沢を含む北陸が好きで、これまでも何度も書いてきた。ちょっと湿ったあでやかさ、毒もあるゆえ美味でもあるキノコのような人間模様、そして何より、京都への複雑な思いが作る影に、有るか無しかのようにこもる密やかな恨情。
金沢の路面は、湿っている。井上靖が「金沢うつくし」と言ったのは、川や雨や海から立ちのぼる水分と、それによっててらてらと光る瓦屋根や石畳のことだろう。
風土、と言う言葉は文字通り風と土。いずれも湿っているからこそ金沢は美しいのである。情念が生き続けるのに、この湿った風土がどうしても必要なのだ。
そしてこの小説は、まぎれもなくミステリーである。
私はこれまで、『マルセル』で盗まれた絵画の背後にある謎を扱ってきた。贋作と対峙する国家警察のスリリングな現実にも首をつっこんだ。ずいぶん昔になるけれど、『百年の預言』で、音楽が持つ力と東欧革命の裏話に挑戦した。最新作としては『オライオン飛行』でフランス人飛行家アンドレ・ジャピーの墜落事故を通して、第二次大戦に突入する寸前の時代の空気や困難さを、恋愛小説のかたちで描いた。
いずれも個人は社会や時代と無縁には生きられず、もがいては傷つき、ときにはその時代に反逆を試みながら、それでも自分の願望や欲求を実現するために闘う姿を描いたつもりだ。
そして今回の『白磁海岸』も、朝鮮白磁の美や歴史的な価値と、遙か日本海からの大波に呑み込まれた若者と母親を描いた。
結果的にミステリー仕立てになったけれど、頭の良い探偵など登場せず、一つの謎が三人の探偵役を生み出し集合させることになった。三人はまるで異なるキャラクターと立場と心情の人間達だが、「真実を知りたい」という願望を共有し、ある種の正義心に突き動かされ、手を携えて謎の究明へと突き進む。
これ以上書くわけにはいかないけれど、この三人の探偵役の誰に対しても、私は強いシンパシーを覚えているし、人間として信用できる。
ただし、彼らは謎を完璧に解き明かすことが出来たのだろうか。作者はこの質問に黙るしかない。ある部分は明らかになったが、その過程で発生した謎については、さらに大きな暗部が持ち上がった。最初は意図していない展開となったのだ。
そしてそれこそ、歴史的、いや国際的な問題を孕んだ、日本の陶磁器界にとっての「開けてはならない蓋」の発見でもあった。
私は昨今の北朝鮮問題を身近な危機として感じるたび、この作品に描いたものが、今も進行中の事件であると実感する。美しいものには、恐ろしい過去が宿っているものだと呟きながら。
本の窓 2018年1月
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