書評

『愚行の世界史』(中央公論新社)

  • 2018/01/19
愚行の世界史 - トロイアからベトナムまで / バーバラ・W・タックマン
愚行の世界史 - トロイアからベトナムまで
  • 著者:バーバラ・W・タックマン
  • 翻訳:大社 淑子
  • 出版社:中央公論新社
  • 装丁:文庫(374ページ)
  • 発売日:2009-12-22
  • ISBN-10:4122052459
  • ISBN-13:978-4122052451
内容紹介:
国王、大統領、政治家たちは、なぜ国民の利益と反する政策を推し進めてしまうのか。本書は史上に名高い四つの事件を詳述し、その失政の原因とメカニズムを探る。歴史とは何か、歴史とは役に立つのか、そして人間は歴史から学ぶことができるのだろうか。

政治家にこそ読んで欲しい本

書名を見ると、何やら最近の社会科からの地歴科独立、世界史の必修といった動きが思い出されてくるが、もちろん本書はそういう内容のものではない。世界史上の「愚行」の数々をあげて、それが何故におきたかを精力的にかつ徹底的に調べたものである。

だが、「愚行」と聞いただけで、過去の事実をあたかも歴史の審判者の如く裁く態度がうかがえて、どうにも評者にはとっつきやすいものではなかった。目次をみても、「愚の行進」「愚行の原型」などという章題にうんざりしたのが事実である。そして、「法王庁の堕落」「大英帝国の虚栄」と続くと、いかにもお手軽に世界史の事件を取り扱っているかのように思えた。

タックマンといえば、「八月の砲声」などでピュリツァー賞を二度受賞し、他に「決定的瞬間」などの邦訳があって知られる、アメリカの女性のノンフィクション作家である。そんな所から気鋭の歴史学者による一刀両断的な歴史解釈に終始しているのではないか、と思うとすぐにも本を閉じたかったが、第五章の「ヴェトナム戦争」という章にひかれてそ、を読むうちに、やがてぐいぐいとひきこまれていった。

ヴェトナムをめぐる長い愚行を通じて、アメリカ人はたえず結果を予測していながら、己れの先見とはかかわりのない行動をし続けたというのは、理解に苦しむ事実であった。

と述べて、ルーズヴェルト、トルーマン、アイゼンハワー、ケネディ、ジョンソンの五人の大統領の政策・行動がいかに愚行の連続であったかを小気味よい筆致で描く。あの英雄視されるケネディさえも例外ではない。

ケネディは進歩派でも保守派でもなく、回転の早い知力と強い野心を駆使する人間で、多くの高踏的な原則を(中略)説いたが、かならずしも行動と一致しているわけではなかった。

著者の眼は鋭く、極めて冷静である。評者は改めて本書全体を一気に読み通したのである。

著者は悪政を四つに分類する。暴政(圧政)、過度の野心、無能(堕落)による悪政に続く、第四の悪政が、愚行または頑迷によるもので、「自国または選挙民の利益に反する政策の追求」をいう。実行可能な選択の道が残されているのに、どうして愚行に走ったかを世界史上の数多の事例をもって考えたわけである。

日本の例では、大東亜共栄圏構想が過度の野心による悪政としてあげられ、真珠湾攻撃が愚行としてとりあげられ、紙数がさかれている。まさしく知的刺激に満ちた書である。ただ、愚行の原型としてあげられた、トロイが木馬を城内に入れた事件については、その評価にやや首をかしげたくなるが、その他の事例はまことに説得的といえよう。

読者は読みながら、何故、統治の領域では、英知や常識や役に立つ情報が力を発揮しないのかという著者の嘆き、主張に共感することであろう。統治にかかわる政治家には是非とも読んで欲しい一冊である。なお惜しまれるのは、訳書では参考書目と注が削られている点である。むしろ膨大であるが故にこそ載せて欲しかったと思う。
愚行の世界史 - トロイアからベトナムまで / バーバラ・W・タックマン
愚行の世界史 - トロイアからベトナムまで
  • 著者:バーバラ・W・タックマン
  • 翻訳:大社 淑子
  • 出版社:中央公論新社
  • 装丁:文庫(374ページ)
  • 発売日:2009-12-22
  • ISBN-10:4122052459
  • ISBN-13:978-4122052451
内容紹介:
国王、大統領、政治家たちは、なぜ国民の利益と反する政策を推し進めてしまうのか。本書は史上に名高い四つの事件を詳述し、その失政の原因とメカニズムを探る。歴史とは何か、歴史とは役に立つのか、そして人間は歴史から学ぶことができるのだろうか。

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初出メディア

週刊朝日

週刊朝日 1988年1月29日

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