書評

『私の名前はルーシー・バートン』(早川書房)

  • 2017/07/18
私の名前はルーシー・バートン / エリザベス・ストラウト
私の名前はルーシー・バートン
  • 著者:エリザベス・ストラウト
  • 翻訳:小川 高義
  • 出版社:早川書房
  • 装丁:単行本(200ページ)
  • 発売日:2017-05-09
  • ISBN:4152096810
内容紹介:
ルーシー・バートンの入院は、予想外に長引いていた。幼い娘たちや夫に会えないのがつらかった。そんなとき、思いがけず母が田舎から出てきて、彼女を見舞う―。疎遠だった母と他愛ない会話を交わした五日間。それはルーシーにとって忘れがたい思い出となる。ピュリッツァー賞受賞作『オリーヴ・キタリッジの生活』の著者が描く、ある家族の物語。ニューヨーク・タイムズ・ベストセラー。
エリザベス・ストラウト――彼女の愛読者はこの名前を口にするとき、うっすらと畏敬の念を漂わせる。多作ではない。社会問題を声高に問うてきたわけでもない。それを言えば、彼女ほど「声高」という語から遠い作家はいないだろう。

ストラウトの名を一躍高めたのは、アメリカ東北部メイン州の町を舞台にした連作短編集『オリーヴ・キタリッジの生活』だった。2009年のピューリツァー賞(フィクション部門)を受賞、そのドラマ版がエミー賞にも輝く。

冴えない海辺の町を舞台に、平凡な人々しか出てこない。話の設定や登場人物がへんてこなら面白いのは当たり前。だが、こんな地味なセッティングで、途中からどうしてこうも話が「化ける」のか、その神業にうなった。ありきたりで穏やかな生活に潜む悪意、嫉妬、毒、絶望、それらは作中に露骨に描かれない。

これらの要素は、本書『私の名前はルーシー・バートン』にも通ずるものである。

妙にいびつな構成の、それがゆえに魅力的なノベラ(中編小説)だ。長さがばらばらの断章から成っており、終盤では各章1ページか2ページぐらいの短さ。語り手でありヒロインのルーシーは、現在、ニューヨークに暮らす作家だが、生まれたのは、いまでは「ラストベルト」の一環をなすイリノイ州の、アムギャッシュという小さな町だ。なら、本書はその子ども時代の回想録かというと、そうとも言えない。彼女は1990年代に、原因不明の高熱で9週間も入院したことがある。だったら、その闘病記かというと、まったく違う。9週間のうち中心枠となるのは、見舞いにきた実母が付き添っていた5日間のみで、しかもこの母はルーシーに手術の話がもちあがったところで、さっさと帰ってしまう。

だったら、一体なにが書かれているのか?

語るルーシーと、語られるルーシー。彼女は三層に分かれたそれぞれの時間にいる自分のことを語る。いちばん古い時間枠には、アムギャッシュでのできごとや、地元の友人知人の噂などが見え隠れする。母と娘はぽつりぽつりと昔話を交わす(ないものねだりのキャシーは自分の娘の先生と不倫をした末に……などなど)。なごやかに会話するふたりだが、じつはルーシーがドイツ移民の息子と結婚してから、父母と娘は疎遠になっていた。父が戦争でドイツ兵を殺したトラウマの後遺症を患っていたのが、主な原因のようだ。

ルーシーは11歳まで大叔父宅の「ガレージ」に住んでいたという。アムギャッシュは「トウモロコシ畑の真ん中に一本だけの木が立って、すさまじいばかりの侘しさを見せていた」という寂れた地域だが、なかでも彼女の家は最下層で、友人につまはじきにされ、親にひっぱたかれ、この一本の木を友と思って育った、ということもわかってくる。

さらに語られるのは、入院していた頃のルーシーの生活。夫は仕事と家事で多忙だと言って、なかなか見舞いに現れず、知り合いが幼い子どもふたりを病室に連れてくる。

そして、いちばん新しい時間枠に、語り手の今の生活がある。「泣くに泣けないほどの大きな願い」を抱えた彼女は、独りのアパートでときおり「ママ!」と口に出してみる。自分が自分の母に呼びかけている声なのか、自分の娘が「マミー!」と9.11の日に呼びかけてきた声なのか、判然としない。

核心はなんなのだろう。表現し得ない、伝え得ないなにかの周りを、言葉がぐるぐる旋回する。読者は空白を見つめ、沈黙を聴く。安易な和解や希望など描かれない。それでも、本を読み終えると、なぜか胸のあたりがほのかに温かくなっている。温かみの源は……いや、このひと言を言わないために、この小説は書かれたのだ。
私の名前はルーシー・バートン / エリザベス・ストラウト
私の名前はルーシー・バートン
  • 著者:エリザベス・ストラウト
  • 翻訳:小川 高義
  • 出版社:早川書房
  • 装丁:単行本(200ページ)
  • 発売日:2017-05-09
  • ISBN:4152096810
内容紹介:
ルーシー・バートンの入院は、予想外に長引いていた。幼い娘たちや夫に会えないのがつらかった。そんなとき、思いがけず母が田舎から出てきて、彼女を見舞う―。疎遠だった母と他愛ない会話を交わした五日間。それはルーシーにとって忘れがたい思い出となる。ピュリッツァー賞受賞作『オリーヴ・キタリッジの生活』の著者が描く、ある家族の物語。ニューヨーク・タイムズ・ベストセラー。

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初出メディア

週刊朝日

週刊朝日 2017年7月11日

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