書評

『ルポ 川崎』(サイゾー)

  • 2018/03/20
ルポ 川崎【通常版】 / 磯部 涼
ルポ 川崎【通常版】
  • 著者:磯部 涼
  • 出版社:サイゾー
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(305ページ)
  • 発売日:2017-12-15
  • ISBN:4866250909
内容紹介:
ここは、地獄か?工業都市・川崎で中1殺害事件をはじめ凄惨な出来事が続いたのは、偶然ではない-。その街のラップからヤクザ、ドラッグ、売春、貧困、人種差別までドキュメントし、ニッポンの病巣をえぐる!
私は川崎市幸区の出身で、一九七六年、十一歳の頃までその付近に住んでいた。川崎公害の真っ盛りで、授業中、頻繁に光化学スモッグ注意報が発令されていたものの、学校生活自体は普通だった。川崎駅付近の繁華街は地元デパートの雄であった「さいか屋」に行くのがせいぜい、一歩裏手には風俗店や木賃宿がひしめいていたはずだが、小学生が足を踏み入れることはなかった。

多摩川沿いの土手にもよく虫を捕りに行った。川の水はヘドロだったが、その点を除けばありふれた平穏な原っぱだった。

そんな記憶のせいで、二〇一五年二月に多摩川河川敷で起きた事件には、衝撃というより意外な印象を受けた。十八歳をリーダーとする少年三人が、中一男子を暴行の上、全裸で真冬の川を泳がせ、工業用カッターで無数に切りつけたあげく首を深く抉り死亡させた事件だ。報道が続くにつれ、事件の異常性や凶悪性は、犯人少年たちの生育環境の劣悪さや、主犯少年の日比ハーフという出自も手伝って、川崎という場所の特殊性に紐付けられていった。

川崎はいつの間にそんなにヤバい土地になっていたのか、知らないだけで昔からそうだったのかと、記憶と現実に横たわる齟齬にひるんだわけだ。

磯部涼『ルポ 川崎』は、この事件の「バックグラウンド=“深層”」に入り込むことを試みたルポルタージュである。事件を追ったノンフィクションは他にもあるが、磯部がユニークなのは、彼の主戦場が音楽、特にヒップホップであることだ。

取材しようと思い立ったとき磯部の頭にまず浮かんだのは、BAD HOPというラップ・グループだった。双子のラッパーを中心に地元川崎の幼馴染みによって結成された新進のグループだが、「二人は少年少女の世界ではすでにセレブリティである」。

本誌読者(ALL REVIEWS事務局注:本書評掲載は「中央公論」)のほとんどはこのグループを知らないだろう。私も知らなかった。音楽の世界での認知度もおそらくまだ低い。だが、この情報の落差は、文化の性質以上に、地域の分断という現実に由来している。二人がセレブリティであるのは、川崎という場所を覆い、不良たちを捉えている負の連鎖を断ち切る可能性を垣間見せているからなのだ。

ヒップホップを糸口にしたため、本書は、川崎アンダーグラウンドカルチャーに関わる重要人物を浮上させ結び付ける人物図鑑の体となっている。間口が狭まったようで、結果的にはむしろ功を奏している。共同体の呪われた側面が先鋭的な文化に集約されるというのはよく見られる事態だからだ。そう、まさに本場アメリカにおける黒人とヒップホップの関係のように。

実際、衰退する工業地帯と労働者、失業者や高齢者に対する社会保障、在日朝鮮人や東南アジア、南米からの移民、多文化化にともなう差別やヘイトスピーチ、ゲットー化する街など、川崎を取り巻く問題のほとんどに磯部の取材はリーチしている。安直に喩えるのは慎むべきだが、あえて言えば、ブレイディみかこの「地べたからのポリティカル・レポート」(『ヨーロッパ・コーリング』)に近い政治意識を本書は帯びている。

事件の背景を明らかにするだけでなく、「そこに差し込む光のようなものが書ければ」と磯部は末尾に書き添えている。文化が一条の光を差し込ませた。その隙間を広げるのは政治の仕事である。
ルポ 川崎【通常版】 / 磯部 涼
ルポ 川崎【通常版】
  • 著者:磯部 涼
  • 出版社:サイゾー
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(305ページ)
  • 発売日:2017-12-15
  • ISBN:4866250909
内容紹介:
ここは、地獄か?工業都市・川崎で中1殺害事件をはじめ凄惨な出来事が続いたのは、偶然ではない-。その街のラップからヤクザ、ドラッグ、売春、貧困、人種差別までドキュメントし、ニッポンの病巣をえぐる!

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初出メディア

中央公論

中央公論 2018年3月

雑誌『中央公論』は、日本で最も歴史のある雑誌です。創刊は1887年(明治20年)。『中央公論』の前身『反省会雑誌』を京都西本願寺普通教校で創刊したのが始まりです。以来、総合誌としてあらゆる分野にわたり優れた記事を提供し、その時代におけるオピニオン・ジャーナリズムを形成する主導的役割を果たしてきました。

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