書評

『仰げば尊し 幻の原曲発見と『小学唱歌集』全軌跡』(東京堂出版)

  • 2018/04/04
仰げば尊し 幻の原曲発見と『小学唱歌集』全軌跡 / 安田 寛,ヘルマン・ゴチェフスキ,櫻井 雅人
仰げば尊し 幻の原曲発見と『小学唱歌集』全軌跡
  • 著者:安田 寛,ヘルマン・ゴチェフスキ,櫻井 雅人
  • 出版社:東京堂出版
  • 装丁:単行本(368ページ)
  • 発売日:2015-02-12
  • ISBN-10:4490208944
  • ISBN-13:978-4490208948
内容紹介:
解き明かされる、『小学唱歌集』最大の謎。卒業式歌として愛唱されてきた「仰げば尊し」。その原曲の歴史的発見から、『小学唱歌集』の残されていた謎を解明する。日本の歌のルーツを丁寧にたどることで、新たな世界像が見えてくる。日本の近代音楽史の空白を埋める画期的試み!巻末に『小学唱歌集』全収録曲の原曲一覧リストを収録。

「仰げば尊し」の原曲発見に正しく驚くために

二〇一一年一月二十四日、「仰げば尊し」の原曲が見つかったという記事が『朝日新聞』夕刊に載った。リードにはこうある。

唱歌「あおげば尊し」の原曲とみられる歌が見つかった。作者不詳で研究者の間では「小学唱歌集の最大の謎」とされてきたが、米国で19世紀後半に初めて世に出た「卒業の歌」の旋律が同じであることを、一橋大名誉教授(英語学・英米民謡)の桜井雅人さん(67)が突き止めた。

記事には「ネット上で見つけた」とあるが、これはGoogle Booksのことだ。『ソング・エコー』という一八七〇年代にアメリカで出版された歌集がGoogleによってスキャンされており、そのなかに「仰げば尊し」の原曲である「Song for the Close of School」が見つかったというのがニュースの詳細である。

この発見の衝撃がいかほどか、即座に理解できた人はどのくらいいただろう。白状すると私は当初「原曲わかってなかったんだ」くらいにしか思わなかった。

ただ、明治に近代化を目指し、国民や国家という意識を確立することを急いだ日本が、西洋音楽導入の端緒(たんしょ)として準備したのが唱歌だったということは知っていたので、近代日本の基盤みたいなものなのに由来不明だったとは、と意外な印象も持った。

だからといって直ちに「小学唱歌集の最大の謎」というフレーズを飲み込めるというものではない。驚くのにだってそれなりの素地は要るのだ。

全曲の原曲が不明だった『小学唱歌集』


今年二〇一五年二月(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は2015年6月)に出版された『仰げば尊し――幻の原曲発見と『小学唱歌集』全軌跡』(東京堂出版)は、発見者である櫻井と、音楽学者である安田寛、ヘルマン・ゴチェフスキの三人が、原曲発見後に進めた『小学唱歌集』に関する共同研究の成果をまとめたものだ。もちろん原曲発見までの経緯も含まれている。

【画像:『小学唱歌集』第53番「仰げば尊し(あふげば尊し)」】

安田は櫻井とメールで唱歌に関する意見を交換しており、発見の第一報を受けたのも安田だった。ゴチェフスキはドイツ出身の研究者で、近代日本も研究領域にしており「櫻井の発見を賞賛しつつ悔しがった」(安田)そうだ。

まず『小学唱歌集』および「仰げば尊し」の基礎知識をさらっておこう。

『小学唱歌集』は初編、第二編、第三編の三編からなり、「仰げば尊し(あふげば尊し)」は第三編に収録されている。三編合わせて九十一曲の唱歌には通し番号が振られていて、「仰げば尊し」は第五十三番だ。

明治十四(一八八一)年に初編が、明治十六年に第二編、明治十七年に第三編が編纂された。発行は文部省所轄の音楽取調掛(とりしらべがかり・のちの東京音楽学校、東京藝術大学)で、作業に当たったのは担当官の伊澤修二である。

伊澤は着任以前にアメリカに留学したのだが、そのときルーサー・ホワイティング・メーソンという音楽教育家に唱歌を習った。帰国後、伊澤が音楽取調掛の任に就くと、メーソンは日本に招かれた。伊澤はメーソンの協力のもと、彼の編纂した唱歌集などを参考にして『小学唱歌集』を編んだ。

『小学唱歌集』は国会図書館の近代デジタルライブラリーで公開されていて誰でも閲覧できる(ダウンロードも可)。現物をあらためればわかるように、作詞、作曲のクレジットはない。伊澤とメーソンの選んだ外国曲が主らしいのだが、原曲が何であるかも記されていない。

つまり『小学唱歌集』の収録曲は、ことごとく原曲が不明なのだ。

爾来百数十年。驚くなかれ、ついこのあいだまで、その大半が依然として原曲不明のまま残されていたのである。

ついこのあいだまでというのは、そう、「仰げば尊し」の原曲が発見されるまでだ。研究というのは不思議なもので、「仰げば尊し」原曲発見後、全曲の由来が判明した。むろん本書の著者三人による研究成果であり、巻末に五十ページにわたって原曲リストとデータが掲載されている。「仰げば尊し」のセンセーションに目を奪われがちだけれど、唱歌研究としてはこの全曲の原曲解明が本丸である。

「この本の真の本文は、巻末の原曲一覧表かもしれない。本文は、巻末の表の作成過程と表の一つの読み取り方を例示した解説である、と言った方がよほど的を射ていると思うのである」(安田)

原曲研究が進まなかった理由


近現代の音楽史をちょっとかじればすぐに、伊澤修二と『小学唱歌集』は最重要事項として登場してくる。研究も多いだろうし、唱歌に関する本もたくさん出ている。にもかかわらず、なぜ原曲不明のまま放置されてしまったのか。

まず、記録も資料も残っていなかったことが大きかった。『小学唱歌集』は教材だから表に出さなかったというのならまだ話はわかるのだが、どのように歌集を選んで、どれの中の何を使ったということ自体がそもそも記録されていなかったのだ。参照した海外の歌集それ自体も保管されていなかった。

要するに、出典に遡(さかのぼ)る手掛かりが、ものの見事に残されていなかったわけだ。こうまで根こそぎないとなれば、何かしらの意志の介在を疑わざるをえない。「原曲を詳しく教えたくなかったという疑念さえ感じる」と櫻井は書いている。

戦後、音楽評論家で指揮者の遠藤宏が、伊澤の「唱歌略説」という演奏会での曲目解説と、メーソンの手書きの解説書を発見し、これらを元に出典調査を行った。成果は『明治音楽史考』(一九四八年)にまとめられ、四十五曲の元歌と原曲を明らかにしたとされたが、櫻井は「明らかに不十分」「探索には不正確さが残った」と評価している。遠藤の参照した資料がごく限られたものでしかない上に、旋律の一致しか勘案しておらず、典拠を突き止めるという意識を欠いたものだったためだ。伊澤の「唱歌略説」が問題の多い資料だったということもある。

遠藤の後、いくつか研究はあったものの大きな展開はなく、遠藤の調査結果と伊澤の「唱歌略説」が受け売りされるばかりで現在まで来てしまったというのが実情だったようだ。

研究が発展しなかった理由は、ひとえに原曲調査がともかく困難だったからということに尽きる。

原曲の発祥地がアメリカや西ヨーロッパという広範囲にわたっていること。起源が古く十九世紀以前にまで遡ること。学校教材(唱歌)の他に、民謡、賛美歌と複数種の歌が混じっていること。参照すべき歌集の数が莫大で、おまけにそのほとんどが海外に分散しており、入手も困難であることなどが具体的な理由としてあげられている。

たとえば『小学唱歌集』のある曲が賛美歌原曲らしいとして、同定するには、載っていそうな歌集に虱潰(しらみつぶ)しに当たり、楽譜をひとつひとつ見比べていくという作業をしなければならない。砂漠で砂金の粒を探すような話である。おまけに同じ楽譜が見つかったからといって、それが原曲であるとは限らないという問題が控えている。先行歌集からの移入という可能性があるからだ。有名曲になればなるほど可能性は増えるので、原曲を特定するのは困難になっていく。

さらに民謡などでは、口承されたものが記録され、それがまた口承され記録され、そのうちに類似する別曲と交配が起こりそれがまた記録され……といった具合の変遷を辿ったものが珍しくない。民謡が賛美歌になり、賛美歌が民謡になり、賛美歌・民謡が唱歌になり、ということもよくあるし、地域の特性も絡んでくる。

こうした場合、歌の来歴は樹形図になり、原曲を特定するのが不可能に近いケースも出てくる。そのため本書では「家系歌」という概念が導入されている。一口に「原曲」といっても一筋縄でいくものではなく、それを学術的に突き詰めていくドラマもまた、本書の読みどころのひとつになっている。

【画像:「仰げば尊し」の原曲Song for the Close of School。『ソング・エコー』p.141より】

「仰げば尊し」の意外性


「仰げば尊し」は、こうした困難を一身に集約したような曲であった。手掛かりは旋律しかないのに、どう仮説を立てても決め手に欠ける特徴。原曲探しは早々に諦められ、洋楽導入の歴史は「仰げば尊し」抜きで記述されてきたという。

それでも憶測はなされていて、数種類の風説が出回ってはいた。賛美歌説、民謡説、日本人作曲説が主なところだ。

メロディの特徴から、研究者のあいだでは賛美歌説が有力視されていたが、結局はこれも否定された。メーソンがキリスト教伝道の意図を持っていたことがわかってきたため、賛美歌説に執着された面もあったのだが、「今になって思えばこの期待が目くらましになって、原曲にたどり着けなかったのである」(櫻井)。

『ソング・エコー』は教科書として作られたものだったらしい。つまり「Song for the Close of School」は唱歌ということになる。

『ソング・エコー』がいかなる経路で日本に入ってきたかは依然謎で、記録も現物も発見されていない。だが原曲発見後、伊澤の草稿をあらためていたところ、薄い朱字で「Song Echo」とメモ書きされているのが見つかったそうだ。もちろんこれまで幾多の研究者によって調べ尽くされてきた資料である。「あらためて調査について考えさせられた瞬間だった」、そう安田は述懐している。

最後に、Google Booksで発見されたことについて一言。拍子抜けした人もいるかもしれないが、漠然とググっていたら見つかったというのとはまったく筋の違う話であって、そこを誤解してはいけない。明確な目的意識と研究の積み重ねと執念がなければ辿り着けない資料であることに変わりはないのだ。テクノロジーの恩恵により手間とコストが飛躍的に節約されたのだと理解するべきである。
仰げば尊し 幻の原曲発見と『小学唱歌集』全軌跡 / 安田 寛,ヘルマン・ゴチェフスキ,櫻井 雅人
仰げば尊し 幻の原曲発見と『小学唱歌集』全軌跡
  • 著者:安田 寛,ヘルマン・ゴチェフスキ,櫻井 雅人
  • 出版社:東京堂出版
  • 装丁:単行本(368ページ)
  • 発売日:2015-02-12
  • ISBN-10:4490208944
  • ISBN-13:978-4490208948
内容紹介:
解き明かされる、『小学唱歌集』最大の謎。卒業式歌として愛唱されてきた「仰げば尊し」。その原曲の歴史的発見から、『小学唱歌集』の残されていた謎を解明する。日本の歌のルーツを丁寧にたどることで、新たな世界像が見えてくる。日本の近代音楽史の空白を埋める画期的試み!巻末に『小学唱歌集』全収録曲の原曲一覧リストを収録。

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こころ

こころ 2015年6月

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