書評

『分断されるアメリカ』(集英社)

  • 2017/07/06
分断されるアメリカ / サミュエル ハンチントン
分断されるアメリカ
  • 著者:サミュエル ハンチントン
  • 出版社:集英社
  • 装丁:単行本(586ページ)
  • ISBN:4087734056
内容紹介:
Who are we?と自問する超大国アメリカの危機。針路は世界主義か、帝国への道か、それともナショナリズム?国際政治学の世界的権威S・ハンチントン教授が、母国アメリカ合衆国の未来を憂いた衝撃の書。

多文化主義がもたらした内なる危機

著者ハンチントンは、他人が見ようとしない現実に目を向け、言いづらい主張を打ち出す大胆な政治学者だ。

話題作『文明の衝突』では、ナショナル・アイデンティティーをグローバルな視点から仕分けし、八つの類型を抽出して、「文明」と呼んだ。そして国々は帰属する文明間で連帯したり敵対したりもすると唱え、とりわけイスラム文明および中華文明(「儒教・イスラム・コネクション」)が西欧と敵対する可能性を指摘して、憎悪にも近い批判を浴びた。文化アイデンティティーという非合理にも見える価値意識をめぐり、世界が混乱に向かうと予言したのである。枝葉はともかく大枠として言えば、泥沼のイラク情勢などからは、ハンチントンの先見性を支持せざるをえない。

「文明の衝突」は、アメリカにとって、いわば「外なる危機」であった。そして今回描かれるのが、アメリカにとっての「内なる危機」である。アメリカのナショナル・アイデンティティーが、国内で危機に瀕(ひん)しているというのだ。

本書では、アメリカのナショナル・アイデンティティーには四つの要素があるとされている。白人であるという「人種」、イギリス出身であるという「民族性」、自由や平等・民主主義といった「信条」、そしてアングロ・プロテスタントの「文化」である。ところが冷戦後の世界において、自由民主主義は普遍的原則とみなされるようになったから、アメリカ人は「信条」では自己を他と差別化できない。そのうえ祖国との絆(きずな)に固執し同化を拒む移民がとりわけメキシコから大挙して押し寄せ、「人種」や「民族性」も希薄化した。多文化主義というイデオロギーおよび交通や通信というインフラの進歩が、そうした傾向を後押ししている。

その結果、アメリカ社会はアングロ・プロテスタントおよびヒスパニックによる二言語・二文化に分断されつつある。先進国では珍しい(キリスト教福音主義への)宗教回帰も、それに起因するという見立てである。

国民のアイデンティティーを、他国文化との差異という視点で強調する姿勢には、無理がある。だが国家が国民の平等を保障しようとすれば、なんらかの次元で「等しさ」の基準を確保せねばならない。ハンチントン自身は、アングロ・プロテスタント文化の再興に期待をかける。ところがそれに由来する福音主義が、アメリカ史においては奴隷解放や女性・非白人への差別撤廃をもたらす動因となった。とするならば、文化アイデンティティーの危機を演出した多文化主義は、アメリカのメーン・カルチャーの嫡子であろう。アメリカは敵を外に求めるが、それはみずからの内にあるのではないか。

大著ながら平易な文章で冷戦後の世界を再考させる、挑発の書だ。
分断されるアメリカ / サミュエル ハンチントン
分断されるアメリカ
  • 著者:サミュエル ハンチントン
  • 出版社:集英社
  • 装丁:単行本(586ページ)
  • ISBN:4087734056
内容紹介:
Who are we?と自問する超大国アメリカの危機。針路は世界主義か、帝国への道か、それともナショナリズム?国際政治学の世界的権威S・ハンチントン教授が、母国アメリカ合衆国の未来を憂いた衝撃の書。

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初出メディア

朝日新聞

朝日新聞 2004年7月18日

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