解説
『新漫画文学全集 (4)』(筑摩書房)
解説無用
東海林さだおの文庫本になぜ「解説」が必要なのか。東海林さだおの本は、それが文章であろうと漫画であろうと、いっさい「解説」を必要としないはずである。それなのに、どの文庫にもかならず「解説」がついている。しかも、どんな才人が書いた「解説」であろうとも、これがほとんど例外なくつまらない。というよりも、つまらなく見えてしまう運命にあるのだ。ショージ君の漫画や文章の後ろに置かれたら、「解説」がどんなに頑張ってみせたところで、しょせんは無駄なこと、己の凡庸さを人前にさらけ出すはめにしかならない。これに関しては、私はあるところで、すでにこう書いている。
「ショージ君のおもしろさがわからない人とはお友達になりたくない。ただし、ショージ君を論じるような野暮を冒してはならない。もし、この世の中で絶対にしてはならないことがあるとすれば、それはショージ君の文庫の解説を書くことである」この信念はいまも変わっていない。にもかかわらず、舌の根も乾かないうちに「解説」を引き受けてしまったのにはひとつわけがある。じつは、もう一度じっくりと考えてみて、やはりショージ君の文庫には「解説」が必要だと思いなおしたからである。それは、こういうことだ。
本にしろ、映画にしろ、芝居にしろ、本当におもしろいものを読んだり見たりしたあとは、だれでもいいから、そこらへんにいる人間をつかまえて、感動を伝えたくなるものだ。ショージ君風表現をつかえば、「イガッター」とひとこと言ってみたくなるのである。もちろん、相手が、自分と同じような価値観や感受性の持ち主で、感動をわかちあってくれるならば、これに越したことはないのだが、そうでなくともいっこうにかまわない、それこそ、この『新漫画文学全集』のいたるところに出てくる、こめかみに膏薬を貼ったオガアチャンだろうと、「ハグハグ」のマラソンじいさんだろうと、だれでもかまわない、とにかく人間でありさえすれば、その人に「最高、最高」と話しかけたくなるものである。
東海林さだおの文庫本の「解説」とはこういったものではなかろうか。つまりショージ君を読んだあとで、その高揚した気分の余韻を楽しもうと思っているところへちょうど通りかかった話し相手のようなもので、その興奮を共有してくれさえすればだれでもいいのだ。
したがって、「解説」の仕事は、解説したりしないで、ただひたすら、相槌をうつこと、これにつきる。「ショージ君は最高」、言うのはこれだけでいい。というよりも、ショージ君の本の後ろに置かれたら、それ以外になにができるというのだろうか。笑いというものは、なぜ、どこがおかしいかなどといちいち説明しなければならないようなものではない。笑うか、笑わないか、その二者択一だけである。この世の中は、ショージ君のわかる人と、わからない人の二種類しかなく、前者は後者を思いっきり軽蔑する権利をもっているのだ。
ただそうはいっても、この『新漫画文学全集』を連載中にリアルタイムで読んだ者として、若い世代の読者のために、少しだけ、解説ならぬ「注」を施しておいたほうがいいと感じる部分もある。というのも時の経過とともに後世の人間には理解できなくなっている風俗の細部がわずかにあるからだ。
たとえば、「人間的、あまりに人間的」の中に出てくる、ヘルメットをかぶって棒をもった「オール5だった野村くん」。この野村くんは、別に工事現場の作業員ではなく、ゲバ学生(暴力学生)と呼ばれた全共闘の学生である。ヘルメットに「並核」と書いてあるのは、「中核」をもじったものなのだろう。そしてこの野村くんの「われわれのォ われわれはァ われわれがァ われわれにィ われわれをォ われわれるゥ われわれわれェ」というセリフは、当時のアジ(アジテーション)演説の特徴をじつによく捉えていて、これを学生寮の中で読んだとき、たまたま外から聞こえてきた本物にあまりにも似ているので、大笑いしたのをよく覚えている。
そのほか時代を感じさせる風俗としては、「日々の背信」の「かあちゃん」が手にもっているのがスーパーのビニール袋ではなく買い物かごであるところとか、「若きウェルテルの悩み」の「純喫茶」のテーブルの上にさがっている照明の笠が花柄の布地であるとか、いくつかあげることができる。しかし、なによりも時代風俗をよく表しているのは、やはり「新漫画文学全集」というこのタイトル自体だろう。というのも、昭和四十年代の前半は、この「文学全集」というものが大はやりだったからだ。
とはいえ、こうした風俗の風化がおもしろさを減じるのではなく、逆にいとおしさを喚起する点こそが、東海林さだおの漫画の偉大さだろう……おっと、これでは「解説」になってしまう。もう一度、繰り返そう、「いや、じつにおもしろかった。最高だね、ショージ君は」これだけでいい。
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