書評

『大災害の時代 未来の国難に備えて』(毎日新聞出版)

  • 2018/06/28
大災害の時代  未来の国難に備えて / 五百旗頭 真
大災害の時代 未来の国難に備えて
  • 著者:五百旗頭 真
  • 出版社:毎日新聞出版
  • 装丁:単行本(336ページ)
  • 発売日:2016-06-24
  • ISBN:4620323667
内容紹介:
活性期に入った日本列島の地震活動。近代以降の三つの大震災―関東、阪神・淡路、東日本を中心に、二〇一六年の熊本地震まで、日本社会の地震に対する歴史性とその問題点を明らかにし、来るべき大災害への対策を提案する。

人間愛ほとばしる励ましの書

歴史を振り返ると、日本には大地震が連発する時期、いわば地震の活性期が何度となくあった。八世紀の貞観地震から仁和地震にいたる時代をはじめとして、一六~一七世紀の天正・慶長地震群、一九世紀の安政地震を挟む活性期など、その頻度は数えきれない。そして今、阪神・淡路大震災を皮切りに、改めて日本は「大災害の時代」に入ったのではないかと憂慮して、著者はこの本を書いた。

著者はみずから阪神・淡路大震災の被災者であり、当時は神戸大学教授として復興に貢献し、現在も震災を記念して創立された研究機構の理事長を務めている。また東日本大震災では政府の要請を受けて、復興構想会議議長として力を尽くしたうえ、熊本地震でも、縁あって復旧・復興有識者会議座長の重責を負っている。「大災害の時代」の到来を直観し、その実像を究明するうえで、これほど適格な人材はほかにないだろう。

この類い希(まれ)な大著の魅力は、二本の糸の撚(よ)り合わせからなっている。一方は手練の歴史家による精密な史実の記録であり、無数の当事者証言にすべて出典を付記する厳密さである。だがそれ以上に読者を魅了するのは、被災者や救出者、復興当事者への著者の熱烈な愛情と、その人間愛に読者を共感させる人物像の描写力である。不幸な人、善意の人、勇敢な人の肖像が、凡百の小説の及ばない現実感を帯びて300ページにちりばめられている。

第一章は戦前の関東大震災、二章は阪神・淡路大震災、三章は東日本大震災を扱うが、この選択それ自体が著者の歴史観を反映している。それぞれの復興を契機に日本の災害復興思想に変化が生じ、復興行政の制度や体制にも画期的な進歩が見られたからである。

関東大震災復興の英雄は後藤新平であり、その理念は今日の言葉でいう創造的復興であった。全滅した東京の街をただ復旧するのではなく、首都にふさわしい近代都市として改革を加え、むしろ発展の機会にしようという考え方である。周知のようにこの計画は財政上の困難に遭い、縮小の憂き目を見たが、それでも著者はこれが相当の成果をあげたと評価している。後藤の薫陶を受けた後輩官僚が持ち場ごとに奮闘し、かなりの程度に理想の実質的な実現に成功したからだった。

第二章にはいると、著者自身が被災者であっただけに、行文はにわかに切実さを増す。ここでのキーワードは「共助」であって、被災者の近隣共同体の助け合いが活写される。生存救出者の八割が共助によるものであって、無数の美談が後に残った。神戸商船大学(当時)の寮生の活躍は涙ぐましいし、「祭りのある街では生存者が多かった」という、自治体幹部の証言が印象に残る。

これを反映してか、復興の理念も新しくなり、後藤の創造的復興は引き継ぎながら、その牽引(けんいん)主体は中央政府から地方自治体の手に移った。貝原俊民兵庫県知事を筆頭に、各自治体の首長が奮励し、独自に「阪神・淡路大震災復興基金」も設立されたし、同じ理念から後に多くの研究機構や文化施設も創立される。また共助の精神は全国に広がり、自発的な奉仕者が集まって「ボランティア元年」と呼ばれる活況を呈したのも、このときだった。

そして私が一読者として見るところ、第三章の英雄は著者その人である。控えめな書きぶりながら、当時の復興構想会議の混迷は凄(すさ)まじく、主宰する著者の苦闘は深刻だったことがわかる。弱体な政府と自己主張の強い委員たちを向こうに回して、著者は文字通り夜も眠れぬ難局に耐える。その結果、生まれた「復興への提言」は画期的な文書となり、史上初めて創造的復興を公的な目標として明記したうえ、その財源も公費に求めることを宣言した。これはそのまま法律に反映され、住宅の高台移転を含む私有財産への援助も、初めて法的に保証されることになった。

同時に阪神大震災後の一六年間、復興環境の変化もいちじるしく、警察も自衛隊も即応体制を一段と高め、国交省が直接に現場に対処する用意を調えていたりした。自治体も災害救援の意識を強め、関西広域連合、杉並区、遠野市などが被災自治体を助け、企業も三菱商事やヤマト運輸を先頭に、多くが得意分野で貢献したと、著者は頼もしげに伝える。

だが著者の筆が冴(さ)え渡るのは、やはり善意の個人の描写である。東北の自衛隊には家族が被災した隊員が多かったが、津波の直後、ある隊員の電話に助けてという妻の悲鳴が響いた。胸裂かれる思いでそれでも任務の救助作業を続けていると、まもなく「大丈夫だから、他の人を助けてあげて」という気丈な第二報がはいった。「天使の言葉であった」という著者の述懐は、心に沁(し)みる。

全編を貫いて、人間にたいする著者の愛と信頼は毅然(きぜん)として揺るぎない。大災害の時代に立ち向かう人間の可能性を信じ、シニカルな悲観論を峻拒(しゅんきょ)するその姿は、太古、民を励まして幽囚から救出した大伝道者を彷彿(ほうふつ)とさせる。
大災害の時代  未来の国難に備えて / 五百旗頭 真
大災害の時代 未来の国難に備えて
  • 著者:五百旗頭 真
  • 出版社:毎日新聞出版
  • 装丁:単行本(336ページ)
  • 発売日:2016-06-24
  • ISBN:4620323667
内容紹介:
活性期に入った日本列島の地震活動。近代以降の三つの大震災―関東、阪神・淡路、東日本を中心に、二〇一六年の熊本地震まで、日本社会の地震に対する歴史性とその問題点を明らかにし、来るべき大災害への対策を提案する。

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2016年9月4日

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