書評

『銀座カフェー興亡史』(平凡社)

  • 2018/06/13
銀座カフェー興亡史 / 野口 孝一
銀座カフェー興亡史
  • 著者:野口 孝一
  • 出版社:平凡社
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(280ページ)
  • 発売日:2018-02-26
  • ISBN:4582544614
内容紹介:
銀座のカフェー(喫茶店)の歴史と、文化人たちの多彩なエピソードで綴る、銀座とカフェーの物語。貴重図版多数。

入念な資料収集と考証

銀座の街を歩くと、耳にする言葉には外国語のほうが多くなった。その陰には目立たない変化がある。歓楽街から買い物天国への変貌だ。外国人観光客を惹(ひ)き付けたのはブランド品の豊富さであって、盛り場の妖しい灯火ではない。日本人にとっても銀座のことを歓楽街と思う人は少なくなったであろう。しかし、ひと昔まえ銀座といえば、連想されるのは酒場の華やかな光景であった。

去る一月十日、銀座最古で唯一のキャバレーがついに閉店し、飲酒を専門とする店はバーやパブやスナックが主流になっている(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は2018年3月)。だが、かつてはカフェーと称される店が流行(はや)っていた。明治以来、日本はさまざまな西洋文化を取り入れてきたが、カフェーはその代表格の一つである。これまで断片的な記述があるものの、銀座という地域に焦点を絞り、カフェーの誕生と、その変遷の全貌を捉えたものは皆無に等しい。本書はその先鞭(せんべん)をつけたものだ。

神経を昂(たか)ぶらせる感官による経験として、カフェーの記憶は精神のアルバムに深い刻印を残すものの一つに数えられる。一口にカフェーとはいっても、定義は難しい。ただ、名称がなくても、営業形態が似ている場所はあった。そのため、本書はカフェー前史として、函館屋、恵比寿ビヤホール、資生堂飲料部、台湾喫茶店から説き起こしている。

二部構成の前半はカフェーの歴史的な変遷をたどり、後半はカフェーをめぐる人物について語った。ただ、両者は必ずしもはっきり分けられるわけではない。実際、第一部のなかでも人物中心の叙述が散見する。

銀座のカフェーは歴史がさほど長くないとはいえ、火事や関東大震災、それに空襲で壊滅的な損害を受けた。そのため、往時の全容を復元するのはたやすいことではない。景観の目印となる建物はほとんど姿を消し、写真に残ったものもほんの少数だけである。有名店ならともかく、規模が小さく、存続期間の短い店はさらに手がかりが少ない。

著者は長年、銀座の歴史を調べてきただけに、資料調査の周到さには目を見張るものがある。新聞や雑誌の記事はいうにおよばず、公文書館や企業の資料館所蔵の文書、社史や文人の回想、ひいては汗牛充棟の蔵書の随筆類にいたるまで目が行き届いている。

入念な資料収集と手堅い考証によって、銀座カフェーの知られざる全容が浮かび上がってきた。日本では初めてカフェーを名乗って店を出し成功したのはカフェー・プランタンである。パリのカフェーをイメージして作られ、供される飲料類もサービスの形態も手本とした。やがて、多くの模倣店が現れたが、内装や営業、接客などは必ずしも同じではない。むしろ、互いに新しいサービスを前面に出して競い合っていた。関西系カフェーの進出に伴って、風俗営業的な側面が強くなり、やがて差別化が図られるようになった。

客層の分析からも意外な発見があった。文学や芸能の関係者が多く利用していたのは予想できるが、じつは大学生も頻繁に出入りしていた。また、二・二六事件のとき、将校たちの情報交換の場として利用されていた。近代史の大事件ではカフェーも思わぬ形で巻き込まれていた。

もっとも興味を惹くのは文学者とのかかわりと、女給の生態であろう。画家や演劇関係者の中に、カフェーを開いた者もいれば、常連客もいた。また、カフェーをめぐって文学作品や随筆が数多く生まれた。その意味では、本書はたんに銀座カフェーの歴史だけでなく、明治大正昭和の文化史の知られざる一面を掘り起こした貴重な書物だ。
銀座カフェー興亡史 / 野口 孝一
銀座カフェー興亡史
  • 著者:野口 孝一
  • 出版社:平凡社
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(280ページ)
  • 発売日:2018-02-26
  • ISBN:4582544614
内容紹介:
銀座のカフェー(喫茶店)の歴史と、文化人たちの多彩なエピソードで綴る、銀座とカフェーの物語。貴重図版多数。

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2018年3月18日

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