書評

『脳の意識 機械の意識 - 脳神経科学の挑戦』(中央公論新社)

  • 2018/07/19
脳の意識 機械の意識 - 脳神経科学の挑戦 / 渡辺 正峰
脳の意識 機械の意識 - 脳神経科学の挑戦
  • 著者:渡辺 正峰
  • 出版社:中央公論新社
  • 装丁:新書(336ページ)
  • 発売日:2017-11-18
  • ISBN:4121024605
内容紹介:
科学のフロンティアである「意識」。そこでは、いかなる議論がなされているのか。本書は、意識の問題に取り組む研究者による最前線からのレポートだ。豊富な実験成果などを通して、人間の意識のかたちが見えてくるはずだ。

主観と客観つなぐには

人間について考える時知りたくなる一つが意識だろう。科学でこの課題に取り組むなら、当然脳のはたらきを考えることになる。もっとも、「物質と電気的・化学的反応の集合体にすぎない脳」のはたらきだけで意識が語れるだろうかと思う人は多いだろう。脳神経科学者である著者は、意識は脳のはたらきとして解明できると確信している。「意識の移植が確立し、機械の中で第二の人生を送ることが可能」と考え、それを選択したいとも言う。評者は、これには同調しないけれど、意識への新しい取り組みとして新たな「自然のルール」の導入を意図するという著者の言葉には惹(ひ)かれる。意識をどのように捉えるにしても、それを知りたいと思わせるものがある。

意識といっても漠としているので、対象を、「感覚意識体験」(クオリア)に絞り、視覚、具体的には「両眼視野闘争」で研究を進める。まず右眼に縦縞(たてじま)、左眼に横縞という異なる図形を提示すると、数秒間隔で縦縞が見えたり横縞が見えたりと交代が起きる。縦縞が見えている時の横縞は、「視覚入力があるにもかかわらず意識が生れていない」わけである。この時どんな神経活動が起きているか。

一九八六年、著者の先生であるN・ロゴセシスが三十六歳という若さで、サルに「両眼視野闘争」を体験させた時のニューロン活動の計測という思い切った研究を始めた。一点を見続ける訓練に始まり、刺激に正確に対応するようになるまでに三年、やっと一匹のサルでの実験が可能になった。余程の信念がなければできないことだ。しかもこれは研究の始まりである。網膜に入った形に関する刺激に、まず反応する第一次視覚野(V1)は、これまで意識との関わりはないとされてきた。ロゴセシスは、サルではそのニューロンの一〇%だけが知覚交代に応じ意識にのぼる可能性を示したのである。一方、ヒトの脳でのfMRIを利用した研究からV1が全体として意識に関わるという結果が出された。ここでロゴセシスはサルのfMRIを開発(難事業)し、この方法ではサルでも全体が関わるように見えることを示した。

その後延々と続く細かな実験は省くが、必要とあらば新技法を開発し、納得のいく結果を出していく態度は、研究のお手本といってよかろう。著者はこのような実験を「良い実験」という。ロゴセシスの一連の研究から、脳内に意識を特定する場はなく、意識と無意識とが広範囲で共存していることがわかってくる。

そこで、意識をひき起こす神経メカニズムの探究へと進む。しかし、赤いリンゴを見た時に活動するニューロン群を追うことは可能だが、その時に生じる「あの感じ」(クオリア)はどのように発生するのかはどうしてもわからない。言うならば主観と客観の隔たりの解決法がないのである。

主観と客観をつなぐ「意識の自然則」を想定し、検証するという方向へ進むしかない。著者らは神経処理の手順(アルゴリズム)、とくにその生成モデルを自然則の有力候補とし研究を進めていく。このモデルでは、通常の実験とは反対に、見えている全体(高次)からその部分(低次)への情報処理の流れに注目するところが興味深い。とはいえ、「感覚意識体験」に限っても研究はこれからである。

著者は、本書を書いているうちにこれでいけそうと思い始めたという。興味深い研究であることは認めるが、そこに乗るのはちょっと待つことにしよう。意識の移植も今のところ遠慮する側にいようと思う。
脳の意識 機械の意識 - 脳神経科学の挑戦 / 渡辺 正峰
脳の意識 機械の意識 - 脳神経科学の挑戦
  • 著者:渡辺 正峰
  • 出版社:中央公論新社
  • 装丁:新書(336ページ)
  • 発売日:2017-11-18
  • ISBN:4121024605
内容紹介:
科学のフロンティアである「意識」。そこでは、いかなる議論がなされているのか。本書は、意識の問題に取り組む研究者による最前線からのレポートだ。豊富な実験成果などを通して、人間の意識のかたちが見えてくるはずだ。

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2018年1月21日

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