鹿島茂「私の読書日記」より
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自宅のある横浜のはずれから東京に行くのに車だと何時間かかるか予測がつかないので、普段は電車を利用している(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は1997年)。ところが今日はどうしても車で行かなければならず、近くのインターから横浜・横須賀道路、横須賀・羽田道路、首都高と乗り継いだら、なんと片道二千円も取られた。おまけに羽田をすぎたあたりから渋滞十二キロだ。三月末なので例によって予算消化の工事だろう。平和島のパーキング・エリアは超満員でトイレにも行けない。こんなことはもう三十年も前から続いているのに、いっこうに改まる気配がない。ところが、聞くところでは日本道路公団は大変な赤字だという。どうなってるの?猪瀬直樹『日本国の研究』は、こうした常態と化した日本の「異常態」が、じつは資本主義国日本の内部に巣くう共産主義国、すなわち官僚組織とそれに寄生している無数の公益法人という利益共同体の自己増殖作用によってもたらされたものであることを、目の覚めるような鮮やかさで解き明かしてくれる。
たとえば、二十二兆円の借金を抱える日本道路公団は財政投融資からの借入金利が高いので、足りない分は国費助成金(つまり我々の税金)で補っている。しかも、この借金体質は改まりそうもなく第二の国鉄と化している。これぐらいのところは我々も新聞で知っている。本書がスリリングなのは、ここから先だ。すなわち、この大借金公団の下には、まるで地下茎のように高い利益率を誇る財団法人や会社がぶら下がって、公団の栄養(つまり税金と高速料金)をすべて吸い取っている。
たとえばパーキング・エリアやサーヴィス・エリアのレストランや売店を仕切っている道路施設協会という財団法人は、百億円の経常利益をあげている。さらにこの下に無数の下請け子会社があり、いずれも高収益企業である。無競争で、割りのいい仕事を回してもらっているのだから当然だ。ところが、驚いたことに、これら地下茎法人の利益は道路公団の赤字の補?には使われることはなく、職員の給与や豪華なビルの家賃に回され、余った分は投資に向けられる。いうまでもなく、これらの公団の関連法人の役員はほとんどが建設省および道路公団からの天下りによって占められている。つまり、建設省の役人および道路公団の職員が順送りで、利益を享受できるような見えないシステムができあがっているのだ。道路公団は無限に税金を食い続けているというのに。
なぜ、こんなことが起きるのか? 下請け法人が、道路公団の出資ではなく、職員の互助会の出資だからだ。「本体の道路公団は借金漬けなのに子会社群は儲かっている。その儲けは決して本体の道路公団へは還流しない」。これと同じ寄生システムが住都公団・水資公団などほとんどすべての特殊法人に存在していて、税金を食べつくしている。恐るべき実態である。だが、おそらく、この本を読んだ新聞記者たちは、そんなことならとっくに知っていたというに決まっている。『田中角栄研究』のときと同じように。