書評

『新装版 手鎖心中』(文藝春秋)

  • 2019/05/18
新装版 手鎖心中 / 井上 ひさし
新装版 手鎖心中
  • 著者:井上 ひさし
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:文庫(260ページ)
  • 発売日:2009-05-08
  • ISBN:4167111276
内容紹介:
材木問屋の若旦那、栄次郎は、絵草紙の作者になりたいと死ぬほど願うあまり、自ら勘当や手鎖の刑を受け、果ては作りごとの心中を企むが…。ばかばかしいことに命を賭け、茶番によって真実に迫ろうとする、戯作者の業を描いて、ユーモラスな中に凄みの漂う直木賞受賞作。表題作のほか「江戸の夕立ち」を収録。

見失っていた笑いの次元開く

日本の近代文学がその成立時に、近代的自我の確立という命題を追うあまりに見落してしまった、近世以来の庶民文芸の伝統のひとつに、軽みとかおかしみなどを表現する言葉あそびの系譜がある。この流れは明治以降底流化し、文芸にまでたかまらず、庶民の日常感覚の上でギャグや流行語となって推移してきたが、それにたいする復権請求が、現代の戯作派といわれる野坂昭如や井上ひさしの文学によって試みられたといえるのではないだろうか。

井上ひさしは文字どおりの文学賞おとこである。「うかうか三十、ちょろちょろ四十」で芸術祭脚本奨励賞を受け、「十一ぴきのネコ」では斎田喬戯曲賞を、「道元の冒険」では岸田戯曲賞を受賞し、同じく「道元の冒険」によって第二十二回の芸術選奨文部大臣新人賞に選ばれるなど、戯曲畑でつぎつぎと賞を獲得し、さらに「手鎖心中」で第六十七回直木賞を受賞した。いわばツイているヤツだといえよう。だがこの彼のツキがどこからきたものかを考えると、そこには現実を斜にかまえてみつめる、するどい風刺の姿勢があることに気づく。野坂昭如の場合はおどろおどろしい世界に根を下ろそうとしているが、井上ひさしはすべてをパロディー感覚で処理しており、そこに私たちが見失っていた笑いの次元をひらいてくれるのだ。

「手鎖心中」は表題作と受賞第一作の「江戸のタ立ち」の二編を収めた作品集である。「手鎖心中」は才能もないのになんとかして絵草紙の作者になって売りだしたいと考えている、深川の材木問屋の若主人、栄次郎を中心に、後に十返舎一九となる“おれ”をはじめ、曲亭馬琴や式亭三馬となる戯作者たちの生態を描いて、現代のマスコミ状況にも共通した文壇気質や文壇現象をパロディー化してあつかっている。

栄次郎は「他人を笑わせ、他人に笑われ、それで最後にちょっぴり奉られ」もする戯作者になるために、金の力でなんとかしようと、三人に下手な絵草紙を合作させて自分の名で売りだしたり、女房に食わせてもらう身分となるためわざと親から勘当してもらい、小さな本屋にムコ入りしてそのことを宣伝したりするが文名はあがらず、愚行を繰返して、最後にご政道を風した絵草紙を書いておとがめをうけ、それで評判を得ようとはかる。お上も相手にしないのを運動して、やっと手鎖三日の刑が下るが、さらに有名になるために狂言心中を考え、その最中にそれを茶番と知らない心中相手の遊女の恋人に殺されてしまうのだ。この栄次郎のナンセンスな行動を、三人の戯作者がどう受けとめるか考えるところで話は結ばれているが、これには作者自身をもふくめて現代のマスコミにたいする風刺の矢がつきささっている。

「江戸の夕立ち」は、薬種問屋の跡とり息子清之助と、幇間の桃八が、ヒョンなことから東北くんだりまで連れて行かれる破目になり、江戸へもどるまで九年も遍歴をかさねる間の悲喜劇を描いている。現実の非情さのなかで、世の中を茶化して生きる態度を忘れない二人のやりとりが展開されるが、ここには「手鎖心中」以上にこの作者の味わいが発揮されているといえよう。二つの作品を通じて、私たちは井上ひさしの文学のもつ笑いの質に、あらためて注目したい。
新装版 手鎖心中 / 井上 ひさし
新装版 手鎖心中
  • 著者:井上 ひさし
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:文庫(260ページ)
  • 発売日:2009-05-08
  • ISBN:4167111276
内容紹介:
材木問屋の若旦那、栄次郎は、絵草紙の作者になりたいと死ぬほど願うあまり、自ら勘当や手鎖の刑を受け、果ては作りごとの心中を企むが…。ばかばかしいことに命を賭け、茶番によって真実に迫ろうとする、戯作者の業を描いて、ユーモラスな中に凄みの漂う直木賞受賞作。表題作のほか「江戸の夕立ち」を収録。

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初出メディア

週刊朝日

週刊朝日 1972年11月24日

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