書評
『定本 丸山眞男回顧談』(岩波書店)
「知の巨人」が語る半生
今年(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は2006年)は丸山眞男没後10年。本書は、丸山の最後の回顧談である。松沢弘陽・元国際基督教大学教授と植手通有・成蹊大学名誉教授が、『丸山眞男集』担当の岩波書店編集者とともに丸山に質問するかたちで編集されている。時代は府立一中時代から、大学紛争、辞職まで。本書とまもなく刊行される下巻の2冊構成である。著作集刊行を生前だからということでことわっていた丸山が同意し、著作集の編集作業が開始されたのが88年2月。本書の回顧談がはじまったのは、その2か月後、74歳のとき。終了は、94年11月。そのあと2年足らずで丸山は逝去(82歳)する。
これまで、丸山が書いてきたことやしゃべってきたことと重複することも多いが、はじめて知ることも少なくない。『東京大学百年史』や丸山の大学時代の開講科目一覧などをそばにおきながらの質問が、丸山の話を引き出すのに大いに功を奏している。昭和9年に丸山は東京帝大法学部を受験しているが、そのときの作文試験問題(「学而不思則罔、思而不学則殆」)にどんな解答をしたかまで語らせている。丸山の答案は当時の左翼(学んで思わざれば)と右翼(思うて学ばざれば)を風刺していておもしろい。また、丸山が教えを受けた法学部教授の月旦評が率直で、これまたすこぶるおもしろい。憲法の宮沢俊義教授の講義に感心したが、その一部は、あとで洋書を読んでみると、種本(ケルゼン『一般国家学』)があったとか……。丸山が府立一中と同時に七年制高校の武蔵高等学校を受験したが、武蔵のほうは落ちた(面接試験で)ことも語られている。
それにしても、本書(上巻)で第一高校時代には左翼に生理的な反発さえもっており、決断を引き延ばすことのできる職業として学者を選んだと語る丸山が、戦後は、進歩的文化人の代表格となり、人々に決断(「現代における態度決定」など)を迫る旗振りをしたのはなぜなのか。60年安保や東大紛争を語る下巻が推理小説の後半部のように待ち遠しくなる。
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