書評
『忠誠と反逆―転形期日本の精神史的位相』(筑摩書房)
世界的に著名な政治学者、丸山眞男氏の待望久しい論集が刊行された(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は1992年)。
丸山氏は、その業績と影響力が巨大であったわりに、公刊された著作は意外に少ない。今回の『忠誠と反逆』は、明治維新前後の激動の時代を論じる。江戸儒学を扱う『日本政治思想史研究』と、戦前の調国家主義を扱う『現代政治の思想と行動』、この二つの主著にまたがり、近代日本の政治思想史を一望できる構想になっている。
取り上げられているのは佐久間象山、中江兆民、福沢諭吉、岡倉天心、内村鑑三……といった多彩な顔ぶれ。いずれも傑出した人物ではあるが、時代の用意する枠のなかに収まり切れず、各人なりの悲劇を生きぬいた思想家たちである。丸山氏は彼らの個人資料を、その時代背景と綿密に照合し、そこに日本人の精神の思想史的な真実を浮かびあがらせていく。
丸山氏が本書に集めた論文を貫くモチーフは、巻頭の「忠誠と反逆」に鮮やかだ。《忠誠も反逆も……自我を超えた客観的原理、または自我の属する上級者・集団・制度など、にたいする自我のふるまいかた》なのである。尊皇攘夷をかかげて幕府に反旗をひるがえした志士たち。明治政府の行き方に命がけで抗した不平士族や民権運動の人々。彼らの抱いていた正統性の観念とその限界が、その後日本の政治的進路を決定づけた。そして現在の我々をもとらえている。
本書で痛感したのは、丸山氏の孤独だ。氏は才能豊かな、真面目な学究である。しかし時代が、氏を戦後知識人のスターに押しあげた。氏も戦後民主主義に夢を託したけれど、次第に幻滅に打ちのめされていく。
思想史という自分の方法について、氏は驚くほど謙虚である。自分は理解されず、後継者も育っていない。人々の政治意識も未熟なままである。丸山氏の不幸。それは、氏が全力で研究して悔いないだけの政治思想家が、日本に育たなかったことではなかろうか。
【この書評が収録されている書籍】
丸山氏は、その業績と影響力が巨大であったわりに、公刊された著作は意外に少ない。今回の『忠誠と反逆』は、明治維新前後の激動の時代を論じる。江戸儒学を扱う『日本政治思想史研究』と、戦前の調国家主義を扱う『現代政治の思想と行動』、この二つの主著にまたがり、近代日本の政治思想史を一望できる構想になっている。
取り上げられているのは佐久間象山、中江兆民、福沢諭吉、岡倉天心、内村鑑三……といった多彩な顔ぶれ。いずれも傑出した人物ではあるが、時代の用意する枠のなかに収まり切れず、各人なりの悲劇を生きぬいた思想家たちである。丸山氏は彼らの個人資料を、その時代背景と綿密に照合し、そこに日本人の精神の思想史的な真実を浮かびあがらせていく。
丸山氏が本書に集めた論文を貫くモチーフは、巻頭の「忠誠と反逆」に鮮やかだ。《忠誠も反逆も……自我を超えた客観的原理、または自我の属する上級者・集団・制度など、にたいする自我のふるまいかた》なのである。尊皇攘夷をかかげて幕府に反旗をひるがえした志士たち。明治政府の行き方に命がけで抗した不平士族や民権運動の人々。彼らの抱いていた正統性の観念とその限界が、その後日本の政治的進路を決定づけた。そして現在の我々をもとらえている。
本書で痛感したのは、丸山氏の孤独だ。氏は才能豊かな、真面目な学究である。しかし時代が、氏を戦後知識人のスターに押しあげた。氏も戦後民主主義に夢を託したけれど、次第に幻滅に打ちのめされていく。
思想史という自分の方法について、氏は驚くほど謙虚である。自分は理解されず、後継者も育っていない。人々の政治意識も未熟なままである。丸山氏の不幸。それは、氏が全力で研究して悔いないだけの政治思想家が、日本に育たなかったことではなかろうか。
【この書評が収録されている書籍】
ALL REVIEWSをフォローする







































