書評

『地球46億年 気候大変動 炭素循環で読み解く、地球気候の過去・現在・未来』(講談社)

  • 2018/12/09
地球46億年 気候大変動 炭素循環で読み解く、地球気候の過去・現在・未来 / 横山 祐典
地球46億年 気候大変動 炭素循環で読み解く、地球気候の過去・現在・未来
  • 著者:横山 祐典
  • 出版社:講談社
  • 装丁:新書(336ページ)
  • 発売日:2018-10-17
  • ISBN-10:406513515X
  • ISBN-13:978-4065135150
内容紹介:
最新の惑星科学が解き明かした、驚くべき地球の気候大変動。なぜ地球の気候はかくも劇的に変化したのか? 謎を解く鍵は炭素にあった

考えるべき気候変動のリスク

四〇度近い猛暑がやっと終ったと思ったら、大きな台風で近くの公園の大木が倒れるなど、なんだか最近の気候は荒々しい。気候を変動させる要因はなにか。知りたくて読み始めた。最近の研究から話を始めよう。

今年四月、『ネイチャー』に「北大西洋の海洋熱塩循環が一五%弱くなっている」という論文が二つ掲載された。北大西洋グリーンランド沖でアマゾン川の一〇〇倍量の海水が深海に沈み一〇〇〇年かけて世界一周する熱塩循環が、赤道や中緯度帯で生じた余剰熱を高緯度帯に運び地球全体の気候を穏やかにしている。これが弱まるとヨーロッパは寒冷化し、中国・日本の季節風が影響を受けて干ばつや洪水につながるのである。

論文の一つは人工衛星による過去数十年間の記録(ドイツ)を用い、他は「同位体温度計」(後で説明)を用いた過去一〇〇〇年間の記録(英・米・カナダ)を用いた。異なるデータから同じ結果が導かれたのだ。両チーム共原因はグリーンランド氷床の融解による表層水塩分の低下としている。

これまで熱塩循環の弱化は寒冷化の引き金となってきたが、今回も寒冷化につながるのだろうか。さまざまな要因がありすぐには結論は出ない。ただ、現状は温暖化が進行しており、人為起源の温室効果ガスが地球のもつ気候平準化の機構を無効にしているのだとしたら深刻である。

これからを考えるために、地球四六億年の変動を見よう。金星・火星と同じ岩石でできていながら、地球だけには「超高性能の“サーモスタット”システム」の働きをする炭素循環が存在することがこの星を独特の存在にしている。気候は、一〇〇〇万年単位のマントルなど固体地球の動きである「内的システム」と、短時間の変化に重要な大気海洋雪氷圏、つまり「外的システム」とで変化していく。そこにはたらく地球独自の要素が生物とプレートテクトニクスである。地球はこのダイナミズムと、サーモスタットシステムとで動くなんとも興味深い存在なのだ。

気候の基本は気温である。H・ユーリーが、炭素・酸素などさまざまな分子中の同位体比が反応速度、つまり温度できまることに注目し、炭酸カルシウムの同位体比を温度計として用い、みごとに太古の気温を示した。今では更に精緻になっている。

気温をきめる要素に太陽光があるが、太古の太陽は暗く、太陽光の反射率と大気組成が現在と同じとすると地球は凍結するほかなかったという答が出る。しかし、実際には海ができそこで生物が誕生したのである。二一世紀になって大気・海洋・氷雪などの変化を示す大量のデータをスーパーコンピューターで解く科学が生れ、少なくとも二酸化炭素が現在の一〇倍、メタンが五〇倍あれば温暖な環境になるという結論が出た。太古は陸域が少なかったので太陽光の反射率も低かっただろうと考えるなど、太陽のパラドックスは解決に向いつつある。

もう一つ大事なのが「ミランコビッチサイクル」。自転軸の傾斜角など地球の公転軌道要素の変化から生じる日射量の季節変化と大気・海洋の循環や温室効果ガスの影響が合わさって二万年、四万年、一〇万年周期の氷期と間氷期のくり返しが生じていることが見出(みいだ)されたのである。更に短い数年から数十年で一〇度もの気温の変化もあることが氷床コアの分析からわかってきた。数千万年、数万年、数十年という複数の周期が複雑に関わり合って現実の気候がきまるのである。

ここで地球ならではの幾つかの事件を追おう。一つが二回の酸素濃度上昇で、二〇億~二五億年前と五億~七億年前になる。この間に「退屈な一〇億年」があるのも面白い。酸素生成には光合成が関与するが、一方でプレートテクトニクスによって地殻の構成岩石が還元力の弱い構成に変って酸素が大気に残るようになったのも重要な因子と言える。まさに地球が地球らしく動いた時と言える。

次に恐竜大繁栄の時代。この時二酸化炭素濃度は現在の六倍近くで地球は温室だったようだ。プレートの生成速度が速く、プレートテクトニクスで排出される二酸化炭素は多かったようだ。また、一億~二億年に一度起きるスーパープルームも見られた。著者らはそこに炭酸塩に富む岩石が陸弧に沿って沈みこむという新要素をつけ加えた。さまざまな要素が絡み合うドラマを見るようである。恐竜絶滅後は大陸の離合集散が起き、これが寒冷化につながったというドラマもある。

長い長い歴史の中で、ある時は数万年、ある時は数年とさまざまな長さで起きた気候変化の要因が少しずつ解明されつつある面白さを楽しんだ。これが、今の気候変化について何を教えてくれるのか。著者は、小笠原などのサンゴの骨格形成能力の鈍化から海水の酸性化を見るなどして、気候変動のリスクは間違いなく高まっていると言う。可能な限りの知識を得たうえで、海水面が五メートル上昇して東京の東部がほとんど沈むなどということのない未来にするよう考えなければならない。
地球46億年 気候大変動 炭素循環で読み解く、地球気候の過去・現在・未来 / 横山 祐典
地球46億年 気候大変動 炭素循環で読み解く、地球気候の過去・現在・未来
  • 著者:横山 祐典
  • 出版社:講談社
  • 装丁:新書(336ページ)
  • 発売日:2018-10-17
  • ISBN-10:406513515X
  • ISBN-13:978-4065135150
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最新の惑星科学が解き明かした、驚くべき地球の気候大変動。なぜ地球の気候はかくも劇的に変化したのか? 謎を解く鍵は炭素にあった

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2018年11月25日

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