書評
『最初の悪い男』(新潮社)
ミランダだけが産みだすワンダーに満ちた小宇宙
ミランダ・ジュライ初めての長編小説と聞けば、膝を乗り出さずにはいられない。その世界に激しくもっていかれたのは、ほとんど同時に接した映画と小説だった。映画は、ミランダ自身が脚本・監督・主演を務めた長編映画「君とボクの虹色の世界」(2005年作品、カンヌ国際映画祭で新人監督賞)。小説は、短編集『いちばんここに似合う人』(新潮クレスト・ブックス)。
自由で不器用で孤独なタマシイが、せつなくもたくましい妄想と想像を繰り広げる映像と文章世界。短編集に登場するのは、たとえば水が一滴もない土地で老人たちに洗面器で水泳を教えようと試みる娘とか。
次作を待ちわび、五年後『あなたを選んでくれるもの』(新潮クレスト・ブックス)を読んで、感動とともに嫉妬にまみれた。ミランダ自身が、地元フリーペーパーの「不要品譲ります」欄に売買広告を出した人物を訪ねてインタビューするという発想にまず痺(しび)れる。革ジャン、オタマジャクシ、家族写真、カラーペン六十七本セット……それぞれの物語が発する星屑(くず)のような光。アメリカの断片に心が震え、打ちのめされた。生身の人生は、かくも想像力とともに描くことができる-。
本作に構築された小宇宙もまた、オリジナルな万華鏡を覗(のぞ)きこむかのよう。主人公の女性は四十三歳独身のシェリル・グリックマン、護身術エクササイズのDVDを販売するNPO団体の職員。九歳のとき、運命の赤ん坊クベルコ・ボンディと生き別れ、いつか再会を、と夢見ながら快適な内的世界へ逃げこむアラフォーのイタい日々。そこへ上司夫妻のひとり娘が転がりこんできた。金髪、巨乳、無教養、衛生観念なし、破壊的な暴力感をまき散らすクリー、二十歳。スラップスティックな共同生活は、しかし次々に意外な展開をみせ、思いもかけない方法でシェリルを内的世界から外部へと導きだす。
性的ファンタジーが横溢(おういつ)するのも、とてもミランダ的だ。
わたしは脚を閉じ、目をつぶった。簡単かと思いきや、彼が自分の上に乗っているところを想像するには、逆にすさまじい集中力を要した。まず本物の彼を完璧に消去してから、想像上の彼をあらたに作りなおし、彼の体の実際の重みのかわりに想像上の重みを感じなければならない。
リアルな人間関係は不器用、でも脳内活動は超器用。へんてこな鎧(よろい)をまとうシェリルの自意識を、ミランダはとても愛(いと)おしげに扱う。たくさんのワンダーとともに物語を紡ぐ優しい手つき。ミランダとシェリルと私たちが、繭の糸でくるむみたいに繋(つな)ぎ合わされてゆく。
物語の後半、シェリルが自分に語りかける。
そんな事故みたいな恋の寿命はどれくらいなんだろう。一時間。一週間。もってせいぜい数か月だ。それが終わるのは自然の摂理だ。季節のように、老いのように、果物が熟すように。そのことが何より悲しかった――誰が悪いわけでもなく、誰にもそれを止められないということが。
ひとが生きてゆく痛みと温かさと燦(きら)めきを、ミランダの新しい小説は、やっぱりほかの誰にも真似できない方法で産みだしている。
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