自著解説

『みる・よむ・あるく 東京の歴史5:中央区・台東区・墨田区・江東区』(吉川弘文館)

  • 2019/02/11
みる・よむ・あるく 東京の歴史5:中央区・台東区・墨田区・江東区 /
みる・よむ・あるく 東京の歴史5:中央区・台東区・墨田区・江東区
  • 編集:池 享,櫻井 良樹,陣内 秀信,西木 浩一,吉田 伸之
  • 出版社:吉川弘文館
  • 装丁:大型本(155ページ)
  • 発売日:2018-10-29
  • ISBN:4642068309
内容紹介:
日本橋・京橋・銀座、築地、浅草・上野、本所・深川…。江戸の余韻を湛えつつ、新たな歴史を築く隅田川周辺の特徴をさぐる。

江戸東京の心臓部、中央区の醍醐味

二〇一七年一〇月に刊行が開始された『みる・よむ・あるく東京の歴史』シリーズ(全一〇巻)は、三巻までの通史編に続き、九月(二〇一八年)から四巻以後の地帯編の刊行の段階を迎えた。まず、江戸東京の歴史にとって重要な中心部からスタートするにあたり、この都市の最大の特徴である山の手(武蔵野台地の高台)、下町(東京低地)という性格の違う二つのエリアの組み合わせの妙を考え、それぞれ四巻(千代田区・港区・新宿区・文京区)、五巻(中央区・台東区・墨田区・江東区)が構成されている。

私は四巻の巻長、五巻一章の中央区の章長として関わったが、ここでは自分自身が日頃、個人的に深い繋がりをもつ中央区を取り上げ、この本に書かれた内容の簡単な紹介に加え、私自身の思いや現在の町の表情を綴ってみたい。

東京の歴史を全一〇巻で編むという大型企画で、しかも地帯編七巻分の内容を充実させるには、各地域での史料の掘り起こし、考古学の発掘による新たな成果などを集大成する必要があり、このシリーズの執筆者には、各自治体の郷土資料館、歴史博物館などの学芸員の方々が大勢加わることになった。五巻一章の中央区の執筆を担当したのは、中央区立郷土天文館(プラネタリウムと複合した郷土資料館)の学芸員、増山一成氏である。私がこの施設の館長を務め、増山氏の中央区の歴史・文化に関する研究、文化財指定、展示に関する精力的な仕事ぶりをよく存じていたことから、章全体の執筆をお願いすることになった。

中央区には一つの巨大な中心というものがなく、独自の歴史をもつ個性的な町がいくつもあるのが特徴である。一九四七(昭和二二)年に、それまでの日本橋区と京橋区が合併し、中央区が誕生。現在は行政上、日本橋、京橋(銀座・築地などを含む)、および月島の三地域に区分されている。ここでは、中央区を代表する日本橋・銀座・築地・佃島及び月島について、それぞれにふさわしいテーマに焦点をしぼって論じられている。

このシリーズの目玉は、各節の冒頭〈みる〉のパートに、古文書・絵図・古地図・景観画など、見ても楽しいビジュアル史料が掲げられる点にある。各執筆者にとって、この冒頭に何を選択するか悩み所であり、また腕の見せ所でもあった。

最も重要な日本橋は二つのテーマで論じられる。まずは「物流の一大拠点・日本橋」と題し、水の都市の中心としての日本橋および日本橋川の役割が説明される。その〈みる〉の最初を、日本橋魚市場における権利関係や売場の特質を描いた「魚市場納屋板舟絵図面(うおいちばなやいたぶねえずめん)」(中央区区民有形文化財、青木家蔵)が飾る。日本橋魚市場の創設・納屋建築の変遷・魚市場と町奉行との関係などをくわしく伝える貴重な史料で、空間の構成と使い方を示す図と文字の組み合わせが絶妙なのである。この史料を読み解いて市場の構造と仕組みを説明した内容はじつに興味深い。

この魚市場は関東大震災後に築地へ移転し、この秋(二〇一八年)、さらに豊洲に移ったが、大正期にも日本橋魚市場沿いの水上に小舟がぎっしり集まっている写真が残されている。舟運を使った物流の大動脈としての日本橋川の機能は、震災後にもまだ受け継がれた。江戸橋広小路(ひろこうじ)があったあたりに一九三〇(昭和五)年に竣工した三菱倉庫本社ビルは、横付けされた艀(はしけ)の荷をホイストクレーンで持ち上げて搬入していたのである。

一九六四(昭和三九)年の東京オリンピック直前に、この川の空間を使って高速道路が建設され、水景の美しさが失われて久しいが、近年の水辺再生への動きのなかで、元の魚河岸の対岸の橋の袂(たもと)に中央区の手で船着き場が実現し、さまざまな観光・イベント用の船が発着し、水上に賑わいが戻りつつある。

続いて、商業の中心としての日本橋。「巨大城下町を支える日本橋」と題し、江戸幕府の御用達(ごようたし)職人の佐々木家に伝わる古文書、「家慶公様御本丸江御移替御用日記」(佐々木家文書、一八三六〈天保七〉年)が〈みる〉の冒頭に掲げられる。歴代将軍の印判製作の過程が読み取れる貴重な史料である。京坂・伊勢・近江の商人が進出し、大店(おおだな)が並んだ日本橋界隈には、こうした職人の生産活動も広がり活気があった。

商人の江戸店の歴史を受け継ぎ発展する形で百貨店がいくつも登場したのが日本橋の特徴だった。三井越後屋は一九〇四(明治三七)年に「株式会社三越呉服店」に名称を変更し、日本初の百貨店となったのである。このあたりの近代における変遷は、〈あるく〉のパートで解説される。

最近の動きにも触れておきたい。この日本橋三越本店は昭和初期の歴史的建築で重要文化財となっているが、建築家・隈研吾(くまけんご)(一九五四~)のデザインでリノベーションされ、先日、グランドオープンのセレモニーが華やかに行なわれた。やや遅れ一九三三(昭和八)年に日本橋に進出したやはり関西ルーツの高島屋も、村野藤吾(むらのとうご)(一八九一~一九八四)による戦後の増築部分も含め、デパート建築の傑作として重要文化財となっている。このたび隣、裏の敷地を活用して再開発を実現し、回遊性のある界隈を日本橋に生み出した。老舗の遺伝子をもつ百貨店が今も頑張っている。

日本橋の次には銀座が、「銀座―開化流行の象徴―」と銘打って登場する。瓦版(かわらばん)「明治五壬申(じんしん)年二月二六日銀座大火」(銀座サヱグサ蔵)に掲載された一八七二年の銀座大火の類焼範囲を示す貴重な地図が〈みる〉に取り上げられる。その大火からの復興プロジェクトとして、文明開化の花形である銀座煉瓦街(れんががい)が登場した。最初は馴染みにくく空き家も多かったが、やがて西洋文明を受容する窓口として人気を集め、カフェ、ビアホール、レストランも開店し、関東大震災復興後の昭和初期にはここにモダン文化が開花した。戦前の華やかな銀座通りの状況を伝える連続立面図が目を奪う。

戦後も憧れであり続けた銀座も、一九八〇年代(昭和五五年~)から原宿・青山など新興の街に話題を奪われがちだったが、その後、見事に大人の街として復権してきた。老舗の旦那衆が立ち上がり、銀座通りでの超高層の開発計画にストップをかけ、銀座らしい街づくりを推進しているのが注目される。

江戸の埋立地として誕生した築地は、「築地―重層する歴史―」として登場する。〈みる〉に掲げられる「豊後岡藩(ぶんごおかはん)中川家上屋敷(かみやしき)跡出土文書」(中央区教育委員会蔵)は、明石町での発掘で出土したもので、大火の際に穴蔵(あなぐら)へ避難させた文書が炭化した状態で残ったという、火災都市江戸ならではの珍しい史料である。保存処理し情報の解読を進めた結果、豊後岡藩に関する御用留帳(ごようどめちょう)、御留守日記、伊勢暦など、大量の文書が含まれていることがわかったという。この築地には、次の歴史の層として明治初年、明石町に「外国人居留地(きょりゅうち)」がつくられた。〈よむ〉のパートで居留地の形成過程が読み解かれる。

最後に、「佃(つくだ)・月島―臨海部の生業と暮らし―」と題して、東京湾に浮かぶ旧新の二つの島が取り上げられる。〈みる〉のパートで「佃島沽券絵図(こけんえず) 控(ひかえ)」(一七一〇〈宝永七〉年、金子家蔵)がまず登場する。そこに記載された内容から、土地所有者、地価(沽券金)、間口(まぐち)と奥行、道幅などが詳細に読み取れる。続いて明治中期以後、埋め立てで計画的につくられた月島の特徴、見どころが論じられる。

東京オリンピック、パラリンピックを間近に控え、都心の中央区の歴史、文化への関心はますます高まっている。

[書き手]陣内 秀信(じんない ひでのぶ) 法政大学特任教授。専門はイタリア建築・都市史。主な著書に『東京の空間人類学』(筑摩書房/サントリー学芸賞受賞)、近刊に『水都ヴェネツィア その持続的発展の歴史』(法政大学出版局)など多数。1947年、福岡県生まれ。
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みる・よむ・あるく 東京の歴史5:中央区・台東区・墨田区・江東区
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本郷 2019年1月号

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