書評

『不意撃ち』(河出書房新社)

  • 2019/02/13
不意撃ち / 辻原 登
不意撃ち
  • 著者:辻原 登
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:単行本(235ページ)
  • 発売日:2018-11-07
  • ISBN:4309027563
内容紹介:
不意撃ち。それは、運命の悪意か……人生の“予測不可能”な罠。人間存在を揺さぶる至極の作品集。

円熟した技巧の新境地

珠玉の短編を五つ収めた作品集で、いずれも神秘な陰翳(いんえい)を帯びながら、読み手の心を揺さぶる力を秘めている。運命の諸形式は謎のような人生の諸相を通して描き出され、偶然の幼時体験によって、平凡な日常がいかに見えない力によって運び去られるか、計算周到な物語構成と繊細な筆致によって再現されている。

「渡鹿野(わたかの)」の左巴(さわ)はデリバリーヘルス店の送迎ドライバー。ルミを送迎するときに、一緒に殺人事件の現場を目撃した。この秘密を共有することで、二人は徐々に親しくなっていく。ルミは同棲(どうせい)している男の巻き添えで犯罪組織に追われたため、行方をくらましてしまう。左巴も仕事を辞め、帰郷しようとするところへ、彼女から突然連絡が入る。指定された伊勢神宮近くの島にたどり着くと、思わぬ展開が彼を待っている。

この作品では不意撃ちが入れ子構造になっている。一つの不意撃ちは別の不意撃ちの引き金になり、ある不意撃ちのなかにまた別の不意撃ちが隠されている。

ただ、同じ不意撃ちでも「仮面」ではまったく違う様相を呈している。

四十一歳の群(むれ)かすみは阪神大震災に続いて、東日本大震災でもボランティアの第一号として大活躍し、被災地で高い評価を受けた。そんな矢先に、彼女は思い切った行動に出る。そこから物語が急転直下し、群かすみの不意撃ちは仲間の不意撃ちに挫(くじ)かれ、不意撃ちの連鎖によって喜劇はついに悲劇へと反転する。

私小説風の語りを装う「いかなる因果にて」からは作家の宿命に対する嘆きが聞こえてくる。元厚生事務次官宅連続襲撃事件の不条理に対する疑問から、「私」は中学校時代の芝原という同級生のことを思い出す。彼は不本意な人生の道をたどり、四十一歳の若さで不慮の死を遂げる。かりに震災死という運命のいたずらがなかったら、彼はどんな行動を起こすのか。そう考えて密(ひそ)かに彼の周辺を調べ始めた「私」は、関係者の記憶喪失という不意撃ちを喰(く)らい、ついに調査がとん挫してしまう。

どの作品にも不意撃ちの低音旋律が奏でられているものの、似たような和音は一つもない。意外性は神の意志のように、さまざまな形を取ってふいに訪れては、登場人物たちの意図を出しぬき、あるいは軽々とその日常を奪い去ってしまう。

一口に運命の悪意とはいっても、幼少時に受けた不意撃ちはその人の一生を変えるほどのインパクトを持っている。「渡鹿野」のルミが幼いころ祖父から聞いた梅川という名前は彼女の生涯に影を落とした。「いかなる因果にて」の場合、芝原が少年のときに受けた理不尽な体罰は本人の生き方を左右したにちがいないが、ふいの死により、真相は永遠の闇に葬られてしまう。「月も隈(くま)なきは」では日常からの逃避が描かれているが、喜劇的な結末は平凡な人の平凡な生き方も逃れることのできないさだめであることが示唆されている。異色なのは「Delusion」。宇宙空間での神秘体験が不意撃ちを予見する能力をもたらした、という奇想天外の展開になっている。

不意撃ちの苛烈さを冷徹に描きながらも、不意撃ちを喰らった人々の生にはやさしい眼差(まなざ)しが向けられている。不意撃ちを物語ることは忘却のための記憶ではない。夕空の雲へと消えた夢たちへの挽歌(ばんか)であり、救済と再生を願っての儀式でもある。

不安や緊張を盛り上げる物語展開、フロイト風の精神分析、徹底した調査にもとづく緻密な細部描写。小説をおもしろくする工夫は随所に鏤(ちりば)められており、辻原登の円熟した小説技巧はまた一つ新たな境地に到達している。
不意撃ち / 辻原 登
不意撃ち
  • 著者:辻原 登
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:単行本(235ページ)
  • 発売日:2018-11-07
  • ISBN:4309027563
内容紹介:
不意撃ち。それは、運命の悪意か……人生の“予測不可能”な罠。人間存在を揺さぶる至極の作品集。

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2019年2月3日

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