書評

『舞台をまわす、舞台がまわる - 山崎正和オーラルヒストリー』(中央公論新社)

  • 2017/06/11
舞台をまわす、舞台がまわる - 山崎正和オーラルヒストリー / 山崎 正和
舞台をまわす、舞台がまわる - 山崎正和オーラルヒストリー
  • 著者:山崎 正和
  • 編集:御厨 貴,阿川 尚之,苅部 直,牧原 出
  • 出版社:中央公論新社
  • 装丁:単行本(363ページ)
  • 発売日:2017-03-21
  • ISBN-10:4120048837
  • ISBN-13:978-4120048838
内容紹介:
満洲における終戦体験、多彩な劇作・評論活動の展開、そして政治との関わり―ロングインタヴューの記録によって明らかにされる、ある知識人の歩んだ道と戦後史の一断面。

「劇的なる精神」の自伝

歴史家が事件当事者に不明な部分を問いながら生涯を語らせるというオーラルヒストリーは渋沢栄一が旧主君の徳川慶喜に対して行った『昔夢会筆記(せきむかいひっき)』が走りだが、劇作家・評論家でありながら政権中枢にもコミットしたことのある「総合的知識人」山崎正和に政治学者たちがディープ・インタビューを試みた本書は『昔夢会筆記』に劣らず面白い。

満州医科大学教授(専門は生態学)を父として京都に生まれた山崎はコスモポリタン都市・奉天の空気を吸いながら少年時代を過ごす。結核治療で戻った京都で「京都人の根性の狭さ」ゆえの激しいイジメに遭い、満州に舞い戻ったが、そこにソ連軍がやってくる。「これは本当に『占領軍』というものでした。(中略)それは血に飢えた狼(おおかみ)でした。おまけに無知蒙昧(もうまい)さは漫画の域です」

では、日本人はどうしていたのか? 「こうした状況の中で、日本人の親は子供を学校にやりました。母親たちは地下室に隠れていて、男は出て行ったら撃ち殺されるというときに、子供だけが外出したんです」。零下十度以下の学校では凍った首吊(つ)り死体が梁(はり)からぶら下がる中、臨時教員の満鉄職員から物理の授業を受ける。これが後に教育こそ社会変革の唯一の武器という信念を生む。「敗戦直後の日本人は、教育に対してほとんどファナティックな執着を持っていました」

混乱の中で父が死去して「十四歳の家長」となり、家族とともに中国から脱出し日本に辿(たど)りつくと、旧制京都府立一中(学制改革で鴨沂(おうき)高校)に編入。時代特有の形のない「不機嫌」が高じ、「組織の持つ機械的、非人間的なところが快くて」十五歳で共産党員に。

大学入学後は運動からは退き、大学院に進んで現象学に取り組むが、ここで「空白としてしか把握できない」独特の自我の表現手段法として戯曲を見いだし、処女作「凍蝶(いてちょう)」を書く。これが『悲劇喜劇』に掲載されたことがきっかけとなり、労演から世阿弥を描いた戯曲を依頼される。左翼的図式を欺いて自己表現する「面従腹背(めんじゅうふくはい)」の道を索(あなぐ)るうち、観客に阿(おもね)ることなく、観客の裏をかくのが演技だという世阿弥の演劇論に行き着き、「世阿彌」で岸田戯曲賞を受賞。学者か戯曲作家かという岐路に立たされたとき、そうした中間的存在を探していたフルブライト委員会から留学の誘いを受け、イェール大学に留学。帰国後は『中央公論』の粕谷一希が組織したリベラル知識人のサロンで高坂正堯らと知り合い、論壇に進出するが、同時に大学紛争に巻き込まれる。

ある日、首相秘書官の楠田實から連絡が入って総理官邸に呼び出され、佐藤栄作のブレーンに加えられる。京極純一、衛藤瀋吉らと話しあううち、ショック療法として東大入試中止のアイディアが出る。「それでは演出も必要だろうと、安田講堂攻防戦の終了後(一九六九年一月二十日)、佐藤さんに作業服を着せて、長靴を履かせて、安田講堂の前を歩いてもらいました。(中略)その上で『東大入試をやめる』と出したら、一発で山が動きました」

当時、東大一年生で全共闘の一員だった評者にとってビックリ仰天の証言であるが、ほかにも沖縄の「核抜き本土並み返還」の総理への進言やサントリー学芸賞の創立秘話など興味津々の話題が満載。それが同時に、複雑にしてバランスの取れた山崎正和という「劇的なる精神」の自伝となっているところがミソ。オーラルヒストリーの一つの金字塔と言っていい。
舞台をまわす、舞台がまわる - 山崎正和オーラルヒストリー / 山崎 正和
舞台をまわす、舞台がまわる - 山崎正和オーラルヒストリー
  • 著者:山崎 正和
  • 編集:御厨 貴,阿川 尚之,苅部 直,牧原 出
  • 出版社:中央公論新社
  • 装丁:単行本(363ページ)
  • 発売日:2017-03-21
  • ISBN-10:4120048837
  • ISBN-13:978-4120048838
内容紹介:
満洲における終戦体験、多彩な劇作・評論活動の展開、そして政治との関わり―ロングインタヴューの記録によって明らかにされる、ある知識人の歩んだ道と戦後史の一断面。

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2017年4月2日

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