書評

『リズムの哲学ノート』(中央公論新社)

  • 2018/06/09
リズムの哲学ノート / 山崎 正和
リズムの哲学ノート
  • 著者:山崎 正和
  • 出版社:中央公論新社
  • 装丁:単行本(262ページ)
  • 発売日:2018-03-20
  • ISBN-10:4120050661
  • ISBN-13:978-4120050664
内容紹介:
身体を巡る先人の思索を批判的に継承しつつ、人間至上主義を超えた真の自由の可能性を探究する。積年のテーマに挑んだ集大成の書。

哲学構想仕上げの身体論

リズムは天体の運動から生命現象にいたるまで世界のどこにも遍在し、日々の生活のすみずみにまで満ちている。だが、いざリズムとは何かと聞かれると、ほとんどの人は答えられないであろう。この難問に挑戦し、哲学の問題として正面から論じる書物がついにあらわれた。

本書でいうリズムは常識的な意味を超えた広がりを持っている。著者の言葉を借りれば、それは随時、随所に生じては消える現象で、個々の流動がみずから生み出した場の上を流れる、循環の構造だという。月の満ち欠け、季節の推移など自然の法則性、あるいは音楽、舞踊といった文化の律動などは直感的に気付きやすいが、一方、電磁波、地震波、重力波などのように、物質のあり方、あるいは伝達の形態を取るものもある。身体も生のリズムの一単位だから、その本質を捉え、わかりやすく説明するのは容易(たやす)いことではない。そこで、時間、身体、認識、科学などいくつもの視角が用意され、リズムとは何かを徹底的に問い詰めていく作業が行われている。

本書は『装飾とデザイン』『世界文明史の試み――神話と舞踊』の続編であり、一面においては前著に対し、補説的な性格も持っている。むろん主題がそれぞれに異なり、前著は内容構成などが原因で深く立ち入りできなかった点について、本書で徹底的に再検討された。その意味では、本書は『演技する精神』に始まる、壮大な思想史構想の完結編であり、山崎哲学の総仕上げとも言える。

そうした一連の論考の根底には、西洋哲学史を貫く一元論的二項対立に対する批判が込められている。著者は、精神と肉体、主体と客体、形式と内容といった概念は対立する一面だけでなく、連続した部分もあると考えている。両者には分け難い局面があり、その流動的な徴候を直視する必要がある。このような哲学の知見を拠(よ)り所にして、身体論に対する批判的継承と理論的な展開が図られている。

周知のように、肉体と精神を対立概念として扱う立場はギリシャ哲学にさかのぼる。キリスト教においても魂が救済の対象で、肉体はただの借り物に過ぎない。長いあいだ西欧の思弁性には身体を蔑(ないがし)ろにし、精神を過剰に重視する傾向がある。とりわけ哲学的な言語によって精緻に語られたデカルトの「物心二元論」の影響は大きい。近代観念論にいたっては、肉体は知覚の対象に過ぎず、身体は精神作用の結果と見なされている。そのような思想的な文脈において、身体論はいわばそれに対する批判的な思考として登場した。

著者はメルロ=ポンティやベルクソンの身体論を踏まえながらも、その規矩(きく)に囚(とら)われることはない。むしろ、茫漠(ぼうばく)たる思索の海に、現代に相応(ふさわ)しい探求の碇(いかり)を深く下ろそうとしている。メルロ=ポンティにおいて、身体が抽象化された概念であるのに対し、著者は演劇や舞踊、あるいは作業など、身体の具象的な側面に多く着目している。また、ベルクソンは存在や意識を持続して流動する過程として捉え、精神も肉体もその過程の対極をなす極相だと見ていたのに対し、著者はそこからさらに一歩踏み込んで、ベルクソンがいう「純粋持続」という動態には規則性があり、その規則性とはずばりリズムだと見抜いた。さらに、リズムの動態の仕組みを捉え、その深層構造と意味作用を解き明かした。鋭い洞察力にもとづく見事な理論構築である。読んでいると、まるで楽しい脳内散歩のようで、思わずその議論に参加したくなる。
リズムの哲学ノート / 山崎 正和
リズムの哲学ノート
  • 著者:山崎 正和
  • 出版社:中央公論新社
  • 装丁:単行本(262ページ)
  • 発売日:2018-03-20
  • ISBN-10:4120050661
  • ISBN-13:978-4120050664
内容紹介:
身体を巡る先人の思索を批判的に継承しつつ、人間至上主義を超えた真の自由の可能性を探究する。積年のテーマに挑んだ集大成の書。

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2018年5月6日

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