書評

『社会科学と因果分析: ウェーバーの方法論から知の現在へ』(岩波書店)

  • 2019/04/19
社会科学と因果分析: ウェーバーの方法論から知の現在へ / 佐藤 俊樹
社会科学と因果分析: ウェーバーの方法論から知の現在へ
  • 著者:佐藤 俊樹
  • 出版社:岩波書店
  • 装丁:単行本(417ページ)
  • 発売日:2019-01-30
  • ISBN:4000613154
内容紹介:
社会科学とは何をする学問か.従来のウェーバー像とは大きく異なるその社会学の姿を明らかにしつつ考える.

ウェーバー、百年の誤読

固い専門書だ。けれども推理小説のような展開で、滅法(めっぽう)面白い。20世紀初頭に書かれたマックス・ウェーバーの「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」や「社会科学的および社会政策的認識の『客観性』」(いわゆる「客観性」論文)は日本の大学でもながらく取り上げられ、自然科学が法則の解明に携わるのに対して、社会科学は価値の創造にかかわるという理解から日本人の生き方を糾(ただ)す方向で読み継がれてきた。しかしそれはおよそ誤読だったというのだ。

誤解のもとは「法則」の理解にあった。それを条件が満たされれば繰り返される自然法則のように考えると、西欧における資本主義の勃興のように歴史上一回限り生じた事象の原因を追求するのには使えない。実はウェーバーの「法則論的」という言葉には、「客観性」論文を書いた1904年以降に、法則科学の「法則」とはまったく別の意味が込められた。統計学者であるV・クリースの『確率計算の諸原理』に出会い、その内容を大胆に取り入れたからだというのが本書の主張である。

学説史をめぐる古くさい詮索と思われるかもしれない。けれども最近、「政策をエビデンスで評価する」と言われるのが気にかからないだろうか。たとえば「メタボ健診は長生きと因果関係があるのか」は、多くの研究でデータから否定的な結論が導かれている。このように一見したところ因果関係に見える関係を、偶然の一致であったり別の原因(交絡因子)が存在する「相関関係」からデータ(エビデンス)を用いて識別することは「因果推論」と呼ばれる。巨額を投じ実施されている政策が無駄ではないのかを問うツールとして1990年代から研究が活発化し、中室牧子・津川友介『「原因と結果」の経済学』(ダイヤモンド社、2017年)等がコンパクトにその動向を紹介している。

ウェーバーはクリースが開発した確率的因果論(適合的因果構成)を用いて、プロテスタンティズムの信仰を持つことと資本主義的に合理的な経営が行われることに因果関係があるのかを検討したのである。いまから百年も前にそれをやってのけたのだから先駆的過ぎて誤解されて不思議ではないが、著者によればウェーバー研究者たちが当人の著書のみ読んでクリースの統計学書に当たらなかった専門主義の弊害もあるらしい。

では、一回しか起きなかった事象でどうやって因果関係を推定するのか。因果推論は、他の条件が等しいとして、原因候補Cが「ある」場合に結果Eがどのくらい生じたかと、「ない」場合にどのくらい生じたかを数え上げ、比べることで行われる。一回だけ起きた事象で「ない」場合が現実には観察できないなら、「ない」場合を反事実的に想定(反実仮想)するというのがクリースのアイデアだった。

難しく聞こえるが、反実仮想は日常会話や、裁判でも使われている。ウェーバーが挙げる例に、若い母親が子どもを叩(たた)き、父親が母親を叱る場面がある。そこで母親は「もしあのときに料理女と喧嘩(けんか)したことで興奮していなかったならば、私は叩いたりしなかったでしょう」と反実仮想を用いて弁解している。叩いた原因を「料理女との喧嘩」に振り向けることで、「優しい母親は子どもを叩かない」および「自分は優しい母親だ」と主張しているわけだ。

ウェーバーはこうした因果推論を複数事例が観察される場合にも拡張し、「プロ倫」を完成させた。誤読した人から混乱を批判されてきたウェーバーは、実は一貫した思考の持ち主だった。文理にわたる膨大な知見からそれを立証する書だ。
社会科学と因果分析: ウェーバーの方法論から知の現在へ / 佐藤 俊樹
社会科学と因果分析: ウェーバーの方法論から知の現在へ
  • 著者:佐藤 俊樹
  • 出版社:岩波書店
  • 装丁:単行本(417ページ)
  • 発売日:2019-01-30
  • ISBN:4000613154
内容紹介:
社会科学とは何をする学問か.従来のウェーバー像とは大きく異なるその社会学の姿を明らかにしつつ考える.

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2019年3月31日

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