書評

『文学なんかこわくない』(朝日新聞社)

  • 2022/08/25
文学なんかこわくない / 高橋 源一郎
文学なんかこわくない
  • 著者:高橋 源一郎
  • 出版社:朝日新聞社
  • 装丁:文庫(247ページ)
  • 発売日:2001-05-00
  • ISBN-10:402264270X
  • ISBN-13:978-4022642707
内容紹介:
あるときは「オウム」の教えを喝破し、日記文学を覗き見する。またあるときは恐怖の「実篤ウィルス」に対峙し、『失楽園』殺人事件の犯人をつきとめる。そしてついに「文学とは何か」の大命題に挑むときがきた!文学探偵タカハシさんが、「現代・日本・文学」を徹底推理する入魂の文学論。

柔らかくて過激な自己検証

文学を通して「それをとり囲む世界」を見ようとする試み。そう銘打たれてはいるものの、『文学なんかこわくない』は、じつのところ「タカハシさん」と片仮名で表記される虚構の語り手に託した、柔らかく過激な自己検証となっている。

一九九五年夏から九八年夏にかけて書き継がれただけあって、ここではバブル以降の日本を揺るがした新興宗教団体によるテロ行為や、あの神戸の殺人事件がしっかり見据えられているのだが、そうした社会的な事件に対するタカハシさんの関心は、あくまで書かれたものに、書くための道具に向けられている。つまり思考のすべてを統御する日本語とはなにか、という問いに貫かれているのだ。

だからこそ彼は、惨劇を招いた教団の限界を、教祖たちが発する「どれも意味が一つずつしか」存在していない言葉の貧しさに見出し、アダルトビデオに出現した素人を演じる女優というおきて破りの衝撃の深さを、書き手と言葉の「一対一対応」が崩壊する分裂症の事例に関連づけ、自由主義史観が抱えている矛盾の出所を、日本語を扱う人間こそが日本人だとする視点の欠如に探り、度し難い紋切り型に満ちあふれた大ベストセラー小説のからくりを、「文学」を殺すことで読者を獲得する平板さに求めずにいられない。そして、戦後日本の言語が、ひたすら国の内側に収束する言語であったことに触れた書物の意義を説きつつ、そうした閉塞をやはり内側から乗り越えられるのは、「文学」しかないと言い切るのだ。

これらの発言を支えているのは、地の文をしのぐほどの長大な引用である。究極の小説論は、本篇全体を含む「もうひとつの小説」を書いてしまうことだとするタカハシさんの生みの親が、「この連載は、ぼくにとって小説を書くことと同じであった」と後書きで語っているのは当然だろう。本書は、そんな小説的実践のための、記念すべき第一歩なのだ。

【この書評が収録されている書籍】
本の音 / 堀江 敏幸
本の音
  • 著者:堀江 敏幸
  • 出版社:中央公論新社
  • 装丁:文庫(269ページ)
  • 発売日:2011-10-22
  • ISBN-10:4122055539
  • ISBN-13:978-4122055537
内容紹介:
愛と孤独について、言葉について、存在の意味について-本の音に耳を澄まし、本の中から世界を望む。小説、エッセイ、評論など、積みあげられた書物の山から見いだされた84冊。本への静かな愛にみちた書評集。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

文学なんかこわくない / 高橋 源一郎
文学なんかこわくない
  • 著者:高橋 源一郎
  • 出版社:朝日新聞社
  • 装丁:文庫(247ページ)
  • 発売日:2001-05-00
  • ISBN-10:402264270X
  • ISBN-13:978-4022642707
内容紹介:
あるときは「オウム」の教えを喝破し、日記文学を覗き見する。またあるときは恐怖の「実篤ウィルス」に対峙し、『失楽園』殺人事件の犯人をつきとめる。そしてついに「文学とは何か」の大命題に挑むときがきた!文学探偵タカハシさんが、「現代・日本・文学」を徹底推理する入魂の文学論。

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初出メディア

時事通信社

時事通信社 1998年11月

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