後書き

『思想家たちの100の名言』(白水社)

  • 2019/04/23
思想家たちの100の名言 / ロランス・ドヴィレール
思想家たちの100の名言
  • 著者:ロランス・ドヴィレール
  • 翻訳:久保田 剛史
  • 出版社:白水社
  • 装丁:新書(164ページ)
  • 発売日:2019-04-10
  • ISBN-10:456051027X
  • ISBN-13:978-4560510278
内容紹介:
「明瞭で的確な言葉があれば、世界全体を包括することができる」。ヘラクレイトスからスローターダイクまで示唆に富んだ100の名言
名言といえば、最近は日本だけでなくフランスでも、ちょっとした流行のようである。なにしろ書店では、映画やマンガの名セリフをまとめた本がずらりと並んでいるし、さらにはブログやTwitterといったソーシャルメディアでも、偉人や著名人の発言を集めたものがいくつも存在する。とりわけTwitterは名言の宝庫であり、ことわざやジョークから哲学者の言葉にいたるまで、さまざまなツイート(つぶやき)を目にすることができる。そうした今どきの一般読者にも哲学の面白さが伝わるように、本書では思想家たちの作品から選りすぐられた珠玉の言葉が収められている。読者の方々は、本書冒頭にある名言一覧をざっと拾い読みするだけで、思想家たちの「つぶやき」を眺めているかのような気軽さや親しみやすさを感じることであろう。それはあたかも、ソクラテスの「汝自身を知れ」に同意するかたちで、モンテーニュが「私は何を知っているのか?」と発言し、エピクロスの「死はわれわれにとって何ものでもない」への反論として、ハイデガーが「現存在(ダーザイン)は死へとかかわる存在である」と返答しているようである。

本書では、それぞれの名言にこめられた思想家たちの考えや教えが、時代を追うかたちで紹介されている。西洋思想の流れを概観した本は、すでにあふれるほど存在するが、本書はありきたりの内容だけに終始してはいない。たとえば、たいていの哲学史書が軽視しがちなキリスト教思想ついても、聖句の解説を通して、キリスト教と西洋哲学との接点(無償の愛、意志の不自由、人生の苦悩、理性の行使など)が明るみにされている。また、現代思想についても、フランスの哲学に偏重することなく、自由原理主義(リバタリアニズム)の代表格であるノージック、フランクフルト学派第三世代の旗手とされるホネット、ポストモダニズムの論客として名高いスローターダイクなど、アメリカやドイツの思想家たちもバランスよく取りあげられており、二十一世紀の知的展望をふまえた哲学史書であるといえる。

さらに、本書の特徴のもうひとつは、多角的な視点から哲学をとらえていることである。哲学という学問が扱うテーマは、神の存在、外界の認識、真理の概念、心身の関係など、抽象的な問題にかぎられるのではない。本書を読み進めていけば、さまざまな哲学者たちが、たとえば欲望について(アウグスティヌス、スピノザ、フロイト、ドゥルーズ)、労働について(ロック、アダム・スミス、マルクス、ノージック)、文明社会について(ヴィーコ、ニーチェ、フーコー、ブルーメンベルク)、自由について(ライプニッツ、サルトル、アーレント)、幸福について(ソクラテス、エピクロス、エラスムス、モンテーニュ)など、人間生活をとりまく多様な問題に関心をもち、それぞれ独自の見解を提示してきたことが理解できるだろう。

このことは、ドヴィレール氏がまえがきで述べる哲学の文体という問題にも関係している。哲学者の文章がしばしば難解だと言われるのはなぜであろうか。それは、哲学者が(一般的な作家や記者のように)みずからの経験や思想だけをたんに述べるのではなく、哲学史に蓄積された膨大な思想をくまなく精査しつつ、みずからの思索にも入念な省察を加えたうえで、自身の哲学的見解を述べることを余儀なくされているからである。つまり、哲学者の思考とは(「私」だけの一重的なものではなく)多重的で反省的なものであり、それだけに哲学者の文章もときに複雑なものとならざるをえないのだ。

それにまた、哲学は常識を疑う学問でもある。哲学者たちは、新しい視点や発想をもたらすために、既成概念や社会通念、価値観や思いこみなど、いっさいの思想的前提を打ち破ることを必要とする。世間の常識を揺さぶるためなら、彼らは人びとを驚かせたり、笑わせたり、挑発したりすることも辞さない。そのことは、本書に収められた名言のうちでも、たとえば、自由な生き方を謳歌したディオゲネスの「陽があたらないからどいてくれ」、現世のむなしさを説いたボエティウスの「人間は酔っ払いのように、どの道を通ったら家に帰れるのかを知らない」、主情主義を唱えたヒュームの「自分の指にひっかき傷をつけるよりも、全世界が破壊されるほうを望んだとしても、理性に反することではない」などの言葉を読めば、お分かりいただけるであろう。哲学者たちはけっして大まじめで堅苦しい人物ではない。彼らはユーモアや皮肉を心得た人物であり、軽妙な語りで読者を思索の世界へと誘い込むこともできるのだ。さらに本書では、ドヴィレール氏の含蓄ある解説やウィットに富んだ語り口が、思想家たちの教えや言葉をいっそう味わい深いものにしている。

[書き手]久保田剛史(青山学院大学文学部教授/フランス文学・フランス思想)
思想家たちの100の名言 / ロランス・ドヴィレール
思想家たちの100の名言
  • 著者:ロランス・ドヴィレール
  • 翻訳:久保田 剛史
  • 出版社:白水社
  • 装丁:新書(164ページ)
  • 発売日:2019-04-10
  • ISBN-10:456051027X
  • ISBN-13:978-4560510278
内容紹介:
「明瞭で的確な言葉があれば、世界全体を包括することができる」。ヘラクレイトスからスローターダイクまで示唆に富んだ100の名言

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