退屈な読書
- 著者:高橋 源一郎
- 出版社:朝日新聞社
- 装丁:単行本(253ページ)
- 発売日:1999-03-00
- ISBN-13:978-4022573759
- 内容紹介:
- 死んでもいい、本のためなら…。すべての本好きに贈る世界でいちばん過激な読書録。
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わたしは……こけしになっていくところを想像したのでした。……こけしは母親に殺された女の子の身代わりだそうです。女の子が生まれてがっかりした母親が、その子を殺して罪滅ぼしに作らせたのがこけしだそうです。わたしは、こけしの血が流れているからこけしなのではありません。わたしが、こけしであるとしたら、わたしはコケシという単語から生まれたからです。……コケシのコと言えば、個、戸、古、粉、固、孤、枯、狐、誇、木、去、鼓、という字が浮かびます。孤独な狐が誇らしげに閉ざした古い身体が、枯れて粉々になって世を去る直前に、無理に自分自身を戸のような個に固めて、鼓のように響き続けるコケシのコです。コケシのケといえば……。
〈ゆえに、神は、彼らが心の欲情にかられ、身体を互いに辱めて、汚すがままに任せられた。彼らの中の女は、その自然な関係を不自然なものに変え、男もまたそれを真似て、お互いにその欲情を燃やし、女は女に対し恥ずべきことをし、男もまたそれを真似た〉そんなセリフが俳優の口から出るようにすらすらと、少ししわがれた声で、わたしの口から飛び出してきたのです。教室はしんと静まりかえりました。明治維新について話していた先生も口を閉ざし、しきりとまばたきしました。そのうち、やっと、先生が忘れていたセリフでも思い出したように、〈授業に関係のないことは言わないこと〉と言うと、教室中がほっとしたように溜め息をつきました。