書評

『地震と社会〈上〉「阪神大震災」記』(みすず書房)

  • 2022/01/09
地震と社会〈上〉「阪神大震災」記 / 外岡 秀俊
地震と社会〈上〉「阪神大震災」記
  • 著者:外岡 秀俊
  • 出版社:みすず書房
  • 装丁:単行本(366ページ)
  • 発売日:1997-12-06
  • ISBN-10:4622036622
  • ISBN-13:978-4622036623
内容紹介:
〈阪神大震災〉は何を我々に突きつけたのか。現地におけるリアルタイムの取材を中心に、谷崎や外骨らによる震災記録、歴史的な視野を織り交ぜながら、震災をめぐる問題点を全面的に洗い出す、情熱のドキュメント。

大震災

「みすず」で連載がはじまった時、これは阪神大震災に関するもっともすぐれた「作品」になるに違いないと思い、そして単行本としてまとめられたものを読んで、やはり、あの大震災に関して書かれた(あるいはこれから書かれる)本を一冊だけ選ぶとしたらこれになるだろうと思った。もちろん、外岡秀俊の『地震と社会』(上巻、みすず書房)である。

こうして、汗牛充棟という言葉を思い浮かべるほど、専門家による徹底した研究、記録作りが進められている中で、どのような専門分野についても門外漢である私が、敢えて検証作業の一角に加わりたいと考えたのには、三つの理由がある。
一つは、たまたま震災当日から現地に入り、その後断続はあったものの、約一年間にわたって被災地で継続取材をしてきた立場(いうまでもなく、外岡氏は朝日新聞の記者)から、被災者の側に立った検証を試みたいと考えたためだ……。
二つ目には、大正大震災がそうであったように、専門家による広範な研究がなされても、一般の人々にその教訓が伝わらなかったり、共有化されない事態が予想される。……素人の目と表現で整理してみること……。
三つ目の理由は、震災後、様々な人々や民間団体が発行した手記、報告書、記録、パンフレットなどを、できるだけ広く渉猟し、記録に留めたい、という思いがあった。

こうやってはじまる『地震と社会』は阪神大震災をめぐるあらゆる言葉を引き寄せてゆく。当然のことながら、最初に呼び起こされるのは、もう一つの大震災、「大正大震災」の記録であり、その時「都市という近代の舞台装置の下に横たわる、民族性という強固な岩盤の露頭」があったことをわたしたちは思い出さねばならない。そして、どうやって地震「予知の思想」が産みだされ、あの日、一九九五年一月十七日未明、阪神地区でいったい何があったのか、情報はどう流れた(流れなかった)か、この国の権力と社会システムはどう動いたか、情報遮断の中でマスコミは何をしようとしたか、人々はどんな具合に死んでいったか、大震災でどんな「神話」が崩壊したか、そして神戸はどうやって神戸になっていったか、神戸という街の特異な成長は大震災とどう関係があったのか。目に見えぬものを目に見えるようにするもののことを「作品」と呼ぶなら、わたしたちが現に生きているこの社会の(ふだんは決して目に見ることができぬ)姿を浮かび上がらせた『地震と社会』は大震災について語りながら見事な「作品」となったのだ。

さて、それだけならば『地震と社会』はどれほど優れていても、たかだか傑出したドキュメンタリーであるにすぎない。

「序章 方法について」に続く、本編の「第一章 予知の思想」の冒頭はこんな文章ではじまっている。

一九九五年一月十七日に起きた阪神大震災で、失われたものの一つに、谷崎潤一郎が描いた『細雪』の風光がある。

そして、記録と整理に徹する外岡の記述は何度も谷崎と『細雪』に立ち戻ってゆく。関東大震災の破壊から逃れて阪神へ移り住んだ谷崎は、阪神の文化を称揚しつつ『細雪』を書き、そしてその谷崎の阪神もまた失われる。

『地震と社会』を読みながら、わたしはふと顔を上げ、不思議な感覚に襲われる。それは、いまという瞬間は次なる未知の大震災への短い猶予の期間ではないかという感覚なのだった。

【下巻】
地震と社会〈下〉 / 外岡 秀俊
地震と社会〈下〉
  • 著者:外岡 秀俊
  • 出版社:みすず書房
  • 装丁:単行本(788ページ)
  • 発売日:1998-07-24
  • ISBN-10:4622036630
  • ISBN-13:978-4622036630

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【この書評が収録されている書籍】
退屈な読書 / 高橋 源一郎
退屈な読書
  • 著者:高橋 源一郎
  • 出版社:朝日新聞社
  • 装丁:単行本(253ページ)
  • 発売日:1999-03-00
  • ISBN-13:978-4022573759
内容紹介:
死んでもいい、本のためなら…。すべての本好きに贈る世界でいちばん過激な読書録。

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地震と社会〈上〉「阪神大震災」記 / 外岡 秀俊
地震と社会〈上〉「阪神大震災」記
  • 著者:外岡 秀俊
  • 出版社:みすず書房
  • 装丁:単行本(366ページ)
  • 発売日:1997-12-06
  • ISBN-10:4622036622
  • ISBN-13:978-4622036623
内容紹介:
〈阪神大震災〉は何を我々に突きつけたのか。現地におけるリアルタイムの取材を中心に、谷崎や外骨らによる震災記録、歴史的な視野を織り交ぜながら、震災をめぐる問題点を全面的に洗い出す、情熱のドキュメント。

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初出メディア

週刊朝日

週刊朝日 1996年9月6日~1998年4月24日

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