前書き

『超孤独死社会 特殊清掃の現場をたどる』(毎日新聞出版)

  • 2019/07/26
超孤独死社会 特殊清掃の現場をたどる / 菅野 久美子
超孤独死社会 特殊清掃の現場をたどる
  • 著者:菅野 久美子
  • 出版社:毎日新聞出版
  • 装丁:単行本(288ページ)
  • 発売日:2019-03-23
  • ISBN:4620325767
内容紹介:
孤独死年間約3万人。凄惨な死の現場の原状回復を手がけるのが特殊清掃人だ。彼らの生き様や苦悩、更に我々の生死や孤立の問題に迫る
発売から4カ月。新聞、雑誌、ラジオ、SNS等で数多く取り上げられ、「現場の描写が凄すぎる」「他人事ではない」などと大反響を呼んでいるのが、今回ご紹介する『超孤独死社会 特殊清掃の現場をたどる』です。著者の菅野久美子さんは、性と死を見つめ、孤独死、セルフネグレクトなどをテーマに記事を多数執筆する気鋭のノンフィクションライターです。「中高年の引きこもり」が社会問題視されるなか、「孤独死」はまさに「自分ごと」として受け止められているのだと思います。それでは本書の「はじめに」を全文公開いたします。
 

人も遺品も "ゴミ" として処理される社会

日本社会が途方もない底なし沼に、じわじわと引き込まれつつあるのを感じる。一度足を取られると、誰もそこから抜け出せない。
特殊清掃、略して "特掃" ――。遺体発見が遅れたせいで腐敗が進んでダメージを受けた部屋や、殺人事件や死亡事故、あるいは自殺などが発生した凄惨な現場の原状回復を手がける業務全般のことをいう。そして、この特殊清掃のほとんどを占めるのは孤独死だ。
私が、特殊清掃に興味を持ったのは、一言で説明すれば、亡くなった人の抱えていた生きづらさが、他人事のように思えなかったからだ。

孤独死の現場は、遺族ですら立ち会えないほど過酷である。大量の蠅が飛び交い、蛆(うじ)虫が這いずり回り、肉片が床にこびりついている。故人が苦しみのあまり壁や床をかきむしり、脱糞した形跡もあったりする。私は、そんな惨状を前に立ちすくみ、幾度となく気が滅入ったが、取材を続けるうちに真の問題は、グロテスクな表層ではないことを思い知った。

そこには、故人の生きづらさが刻印されていた。
孤独死には社会的孤立の問題が根深く関わっている。
私の試算によると、わが国で現在およそ1000万人が孤立状態にある。日本人の10人に1人という、とてつもなく大きな数字だ。孤独死とは、家でたった1人、誰にも看取られずに亡くなることを言う。その約8割に見られるのが、ゴミ屋敷や不摂生などのセルフネグレクトだ。こうした自己放任は、〝緩やかな自殺〟とも言われている。彼らは周囲に助けを求めることもなく、社会から静かにフェードアウトしていっている。

取材を進めるうちに、彼らは何らかの事情で孤立し、人生に行き詰まり、セルフネグレクトに陥っていたことがわかった。
ある者は恋愛関係でもがき苦しみ、そしてある者は虐待などで親子関係が絶たれ、ある者は会社でのパワーハラスメントで心が折れていた。結果として、彼らは周囲から取り残されて緩やかな自殺へとただ、ひた走るしかなかったのだ。もちろん、人間関係が良好でもたまたま発見の遅れたケースもあるが、それは非常に稀なケースだということがわかってきた。

私は壮絶な現場の臭気に圧倒されながらも、遺品の数々から生前の彼らの姿がありありと目に浮かぶようになった。
そんな強烈な体験をした後に自宅や出張先のホテルに帰ると、1人ベッドに体を横たえながら彼らの生前の人となりに思いを馳せた。そして、その日初めて存在を知った彼、彼女らの抱えた苦しみを考えると、一晩中眠ることができなかった。
それは、私も彼らとどこか似ていて、社会をうまく生きられず、生きづらさを抱えた人間の一人であるからだ。

小学校時代から内向的な性格で、激しいいじめに遭った私は、中学校のときに2年間の不登校生活に陥った。いわゆる、引きこもりである。もう完全に自分の人生は終わったと感じていた。孤立無援の状態で、何度も自殺を考え、実際に家の窓から飛び降りようとしたこともある。そういうこともあって、私が今も生きているのは、ただ運が良かったに過ぎないと思っている。
もし私にできることがあるとすれば、それは遠からず私と同じように生きづらさを感じるこの社会で、人知れず亡くなってしまった彼らのありのままの姿を伝えることではないだろうか。

孤独死者のほとんどが生前、周囲の住民から奇異な目で見られていたり、忌み嫌われていたりする。遺族がいてもなるべく関わりたくないというケースも多い。
そのため、彼らの遺体は警察によってひっそりと運び出され、遺品は誰の目にも触れずに、ほとんどがゴミとして処理される。そう、まるでこの世に存在すらしなかったかのように――。
ワンルームの賃貸アパートで、友達を呼んで騒ぐ学生の部屋の、わずか10センチ隔てた壁の向こうに、死体がゴロリと転がり、何カ月も発見されず、無数の蛆と蠅が群がっている。それが、現代日本が抱える問題の縮図だ。

日夜生きづらさと向き合っている私にとって、彼らの名もなき死が他人事だとは決して思えない。彼らは明日の私であり、私はきっと彼らの仲間である。
私は、彼らが亡くなった孤独死の現場をたどるだけでなく、遺族や大家などその周囲の関係者に話を聞くことで、彼らの歩んできた軌跡をたどりたいと思った。
それは、彼らの人生の苦悩に触れると同時に、私自身の過去のトラウマを振り返る作業でもあった。

そんなとき、私は同じ現場を共にする特殊清掃人たちに励まされた。遺族さえ立ち入ることのできない凄まじい腐臭の漂う部屋で、最後の〝後始末〟をする特殊清掃人の温かさを知ることができたのは、私にとって何ものにも代えがたい救いであった。
特殊清掃用の衣類を脱ぎ、ガスマスクを外すと、当然ながら彼らもまた、私たちの社会を生きる一人の生身の人間である。彼らと接するうちに、彼らに血の通った人としての優しさを感じ、思いのほか安堵している自分に気がついた。そして、故人の死を巡って、その最後に立ち会う特殊清掃人たちの物語も描きたいと思うようになった。

近年、孤独死はもはや特殊な出来事ではなくなってきている。
年間約3万人と言われる孤独死だが、現実はその数倍は起こっているという業者もいるほどだ。
特殊清掃の現場から見えてくるのは、やがては訪れる日本の未来である。
特殊清掃人の多くが口を揃えて、「人と人のつながりが希薄になった」と危機感を露わにする。そしてこうも言う。「こうなる前に、どうにかならなかったのだろうか」と。
変な話に聞こえるかもしれないが、本書の取材に協力してくれた特殊清掃人たちは、内心では自分たちのような仕事のない社会が望ましいと感じている。
私もそう思う。
 
本書のテーマは、特殊清掃のリアルにとことんまで迫ることだ。それは、特殊清掃人たちの生き様や苦悩にもクローズアップしながら、私にとっての生と死、そして現代日本が抱える孤立の問題に向き合うことでもある。
今後、孤独死は、日本全体を巻き込む大問題となる。特殊清掃の世界は、そんな日本の恐るべき未来を映し出す万華鏡である。特殊清掃人たちは、さながら毎日タイムマシーンに乗ってディストピアを目の当たりにしているのだ。崖っぷちで清掃を続ける彼らは、日本という社会の瀬戸際にいる。
 
死は、誰もが逃れられない現実である。
いつ、どこで、どのように死ぬのかはわからない。
けれども、死を迎えるに当たってあらかじめ準備することはできる。死別や別居、離婚などで、私たちはいずれ、おひとり様になる。そんなときに、どんな生き様ならぬ死に様を迎えるのか。1000万人の孤立する日本人たちも、決して自分と無関係とは言えないはずだ。
 
そう、特殊清掃の世界を知るということは、きっと、私や本書の読者であるあなたの未来を知るということなのだ。だから、たとえ目をそむけたくなる場面があっても最後まで希望を捨てずにお付き合いいただきたい。
最後の1行まで、あなたの救済の書となることを願って。

[書き手]菅野久美子(ノンフィクションライター)
超孤独死社会 特殊清掃の現場をたどる / 菅野 久美子
超孤独死社会 特殊清掃の現場をたどる
  • 著者:菅野 久美子
  • 出版社:毎日新聞出版
  • 装丁:単行本(288ページ)
  • 発売日:2019-03-23
  • ISBN:4620325767
内容紹介:
孤独死年間約3万人。凄惨な死の現場の原状回復を手がけるのが特殊清掃人だ。彼らの生き様や苦悩、更に我々の生死や孤立の問題に迫る

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