書評

『兵法秘術一巻書・簠簋内伝金烏玉兎集・職人由来書』(現代思潮新社)

  • 2019/08/29
兵法秘術一巻書・簠簋内伝金烏玉兎集・職人由来書 /
兵法秘術一巻書・簠簋内伝金烏玉兎集・職人由来書
  • 編集:深沢 徹
  • 出版社:現代思潮新社
  • 装丁:単行本(267ページ)
  • 発売日:2004-04-01
  • ISBN-10:4329004321
  • ISBN-13:978-4329004321
内容紹介:
暦学、暦占の秘法、陰陽師と呪術の秘伝。敵を騙し味方を欺く兵法の奥義。吉備真備、安倍晴明らを始祖に擬する、由来と伝承の世界が広がる偽書ワールド。

晴明伝説のネタ本、見〜つけた!

偽書は、近代の自我意識の産物である盗作や贋作(がんさく)とは別物だ。平安末期から鎌倉時代にかけての院政期、秩序の混乱に乗じておびただしい偽書が産出された。現行の諸制度を支える権威が失墜するとともに、過去のいつか、または異国(唐天竺<からてんじく>)のなにがしかの権威に仮託して、まことしやかなメッセージが発信されたのである。

日本古典偽書叢刊(そうかん)の本巻に収録されているのは主として暦の偽書。乱の時代であればこそ天体運行の必然から割り出される暦数書が頼りにされるので、「兵法秘術一巻書」といった兵法書までもが暦占に左右された。

兵法の駆け引きを描いた書といえば、伝・定家の小説『松浦宮物語』を思いだす。九人の分身の神兵が活躍するストーリーにリアリズム小説にはない抽象的構成の新鮮さを覚えたものだ。本巻編集の深沢徹氏によれば、これも定家が「文殊宿曜経」をふまえた偽書だという。さもありなん。ちなみに囲碁も偽書時代の伝来。偽書はそもそものはじめから遊戯(ゲーム)感覚と関(かか)わるところが大だったようだ。

さて、収録偽書のハイライトは、なんといっても「簠簋内伝金烏玉兎集(ほきないでんきんうぎょくとしゅう)」。小説に、マンガに、今をときめく陰陽師(おんみょうじ)安倍晴明ブームの源流がこれだ。そうはいっても「ほき内伝」の肝心の部分は宣明暦(貞観四年<863>施行、以後八二三年間使用)と重なる「文殊宿曜経」。これを権威づけるために、いかにして唐天竺から伝来したかを西遊記ばりの取経譚(たん)として虚実こきまぜて語ったのがいわゆる晴明伝説で、これが人気沸騰の平成晴明像のネタ本だ。(ALL REVIEWS事務局注:本書評掲載年:2004年)おかげで実際は渡唐していない晴明が先人の阿倍仲麻呂や吉備真備を巻きこみ、さらに大江匡房までもが一役買って、にぎやかなことこのうえなし。

ただし、おいしいのは宿曜経ではなく、あくまでも序文と注釈書。中身のアンコの部分は捨て皮だけを賞味する本末転倒とでもいおうか。敵役に蘆屋道満を配した江戸歌舞伎「蘆屋道満大内鑑」と同様、今も昔もエンタメ作家はそれなりの遊戯感覚で攻めてくる。野暮(やぼ)はいわずに、いっそ平成陰陽師ブームにはまってしまうのも一興か。(田中貴子『安倍晴明の一千年』参照)

もっとも、うかうかしていると偽書そのものが、暦法の失効によって消滅しかねない。晴明系の土御門家が維持してきた宣明暦は、将軍綱吉の治世に及んで徳川方の新たな暦法にあっさり淘汰(とうた)された。八百年余にわたって宣明暦に関与してきた陰陽師たちは尾羽打ち枯らし、彼らに寄生してきた商人職人たちも零落して、またもや「商人由来書」のような偽書をひねり出すはめになる。

偽書おそるべし。われわれも知らぬ間に偽書にメッセージを仮託していないか。続巻予告に、性的和合による即身成仏を説く立川流の偽典など。悪書好きにはこたえられない。
兵法秘術一巻書・簠簋内伝金烏玉兎集・職人由来書 /
兵法秘術一巻書・簠簋内伝金烏玉兎集・職人由来書
  • 編集:深沢 徹
  • 出版社:現代思潮新社
  • 装丁:単行本(267ページ)
  • 発売日:2004-04-01
  • ISBN-10:4329004321
  • ISBN-13:978-4329004321
内容紹介:
暦学、暦占の秘法、陰陽師と呪術の秘伝。敵を騙し味方を欺く兵法の奥義。吉備真備、安倍晴明らを始祖に擬する、由来と伝承の世界が広がる偽書ワールド。

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初出メディア

朝日新聞

朝日新聞 2004年4月25日

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