書評

『指揮者は何を考えているか:解釈、テクニック、舞台裏の闘い』(白水社)

  • 2019/10/04
指揮者は何を考えているか:解釈、テクニック、舞台裏の闘い / ジョン・マウチェリ
指揮者は何を考えているか:解釈、テクニック、舞台裏の闘い
  • 著者:ジョン・マウチェリ
  • 翻訳:松村 哲哉
  • 出版社:白水社
  • 装丁:単行本(352ページ)
  • 発売日:2019-06-29
  • ISBN-10:4560097097
  • ISBN-13:978-4560097090
内容紹介:
指揮者自身が、音楽解釈から現場の試練まで「指揮者という仕事」をあらゆる角度から論じる、著名な音楽家のエピソード満載の一冊。
指揮棒を持つのと手で指揮をするのとではどう違うのか、ピアニスト出身とヴァイオリニスト出身、作曲家出身の指揮者では、どこが違うのか。そもそも指揮者によって、あるいは同じ指揮者でさえ演奏が変わるのはなぜなのか……。さらには著名音楽家とのエピソードなど、指揮者でなければわからないこの仕事の裏側を描いた本書を、宮下志朗氏に書評していただきました。

指揮者(コンダクター)とは「伝導体(コンダクター)」

オーケストラ編成が大きくなった19世紀に出現した指揮者という黒子は、やがて主役になる。「最近は、聴衆が指揮者にも拍手するそうだ。まことに嘆かわしい」という作曲家ヴェルディの不満がこの変化を物語る。今や、有名な指揮者はスターだ。米国のベテラン指揮者が「棒振り」と呼ばれる技(アート)を縦横に語ったのが本書だ。

指揮者は旅回りの存在。「移動式の楽屋」たるトランクを抱えて現地に飛ぶ。時差ボケのまま「客演の指揮者です」と言ってリハーサル開始。客演当日、指揮者用の楽屋が窮屈でも、時間が来ると「いかにもマエストロらしく」登場しないといけない。最終日の終演後、ホテルに帰り、朝食時に作ったサンドイッチと、バーで調達したマティーニでひとり、真夜中のディナー――。添えられた写真が印象的で愛おしくなる。

楽団員が成績表をつけ、次の客演指揮者の決定権を握る場合も多いから、好きではない曲や難解な新作にも挑戦する。指揮棒で団員の目を突こうとして裁判になったトスカニーニのようなパワハラは今は御法度。セーター姿で微笑むサイモン・ラトルのような親しみやすさが求められる。マエストロの黄金時代は終わったのだ。

両腕の動きに加え、身体を前後に動かす小澤征爾の新たな可能性、指揮棒なしで武道家のように手で空を切るブーレーズのスタイル。歌手がいたずらで口パクをするとすぐ見破った晩年のクナッパーツブッシュ。暗譜を誇示しようとスコアを閉じた音で出だしのピアニッシモを台無しにしたラインスドルフ。どれも興味深いが、極めつきは、マーラーの交響曲9番を巡るカラヤンとバーンスタインのさや当てか。

指揮者(コンダクター)とは、作曲家が発したエネルギーを演奏者の協力で聴衆に流す「伝導体(コンダクター)」。その交流で「神の時」を創り出す。あの痺れるような感覚と一体感。音楽の素晴らしさはなんといっても、ライブという「つかの間の芸術」に存する。さあ、コンサートに行こう。

[書き手]宮下志朗(仏文学者・放送大学客員教授)
指揮者は何を考えているか:解釈、テクニック、舞台裏の闘い / ジョン・マウチェリ
指揮者は何を考えているか:解釈、テクニック、舞台裏の闘い
  • 著者:ジョン・マウチェリ
  • 翻訳:松村 哲哉
  • 出版社:白水社
  • 装丁:単行本(352ページ)
  • 発売日:2019-06-29
  • ISBN-10:4560097097
  • ISBN-13:978-4560097090
内容紹介:
指揮者自身が、音楽解釈から現場の試練まで「指揮者という仕事」をあらゆる角度から論じる、著名な音楽家のエピソード満載の一冊。

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初出メディア

読売新聞

読売新聞 2019年9月15日

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