書評

『聖書 聖書協会共同訳 旧約聖書続編付き 引照・注付き』(日本聖書協会)

  • 2019/10/27
聖書 聖書協会共同訳 旧約聖書続編付き 引照・注付き / 日本聖書協会
聖書 聖書協会共同訳 旧約聖書続編付き 引照・注付き
  • 著者:日本聖書協会
  • 出版社:日本聖書協会
  • 装丁:単行本(2448ページ)
  • 発売日:2018-12-10
  • ISBN-10:4820213423
  • ISBN-13:978-4820213420
内容紹介:
次世代の標準となる日本語聖書を目指し「礼拝にふさわしい聖書」を第一目的に翻訳。31年振りに日本聖書協会が世に問う新しい聖書。

日本語の文体創造への途上

31年ぶりに聖書が訳し直された。これまでの「新共同訳」が今回の「聖書協会共同訳」に、これから何年もかけて置き換えられていくことになる。

「共同」とはカトリックとプロテスタントが協力したという意味。≪朗読にふさわしい、格調高く美しい日本語訳≫(帯)とある。期待して手に取る。

まず目につくのは、本文の下に引用が付けてあること。海外の聖書では常識だが、従来は引用がないものが大半だった。改善された。「別訳」が本文の各所に注記してあるのもよい。

気になる点。創世記冒頭≪神の霊が水の面(おもて)を動いていた≫の箇所。最近の英語聖書は霊でなく、風とか息吹と訳すものも多い。旧約聖書に「聖霊」を読み込むのは問題だ。霊に別訳で風と注記すればなおよかった。

出エジプト記で、神が名のる箇所。英語だと、アイ・アム・ホワット・アイ・アム。新共同訳の「わたしはある。わたしはあるという者だ」が協会共同訳では「私はいる、という者である。」になった。ここは、「いる」より「ある」であるべきだ。前の訳のほうがよかった。

レビ記の献(ささ)げ物の種類。漢訳聖書は燔祭(はんさい)/素祭(そさい)/……など簡潔な定番の訳語を定めた。文語訳はそれを踏襲したが、新共同訳は、焼き尽くす献げ物/穀物の献げ物/……、協会共同訳は、焼き尽くすいけにえ、穀物の供え物/……、と訳語がふらふらしている。イメージも湧きにくい。漢訳のままでもよいし、岩波訳の、全焼の供犠(くぎ)/穀物の供物(くもつ)/……もわかりやすいと思う。

レビ記のツァーラアト。ギリシャ語訳がレプラと訳し、癩病(ハンセン氏病)のこととされた。だが当時、癩病は知られていなかったという。新共同訳はやんわり皮膚病と訳したが、皮革や家の壁もツァーラアトになるから、皮膚病ではない。協会共同訳は「規定の病」と、なお意味不明になっている。岩波訳のように、ツァーラアトとそのまま訳すのがよいと思う。

イエスの言葉はどうか。山上の垂訓を、新共同訳と協会共同訳で比べてみると、柔和な人々→へりくだった人々、はわかりやすくなった。火の地獄→ゲヘナの火、は正しくなった。のように、細かな改善がある。劇的な新訳、という程ではない。……と、やや肩すかしな面もあったが、新訳を歓迎したい。

この機会に、従来の聖書日本語訳への疑問ものべておこう。ひとつは敬語の問題だ。日本語の尊敬語/謙譲語は、王朝文学を模範とする。人間を敬う言葉だ。海外の聖書は敬語の類の表現がなく、すっきりしている。漢訳もだいたい同じ。神を信じ敬うことと、敬語を用いることとは無関係だ。「父、み子、み霊(たま)」とか「みこころ」とか聞くたび、奇妙な気持ちになる。敬語をなくしたらどうだろう。

不適切な日本語表現も問題である。創世記7章、洪水の箇所は「ノアは妻子や嫁たちと共に……箱舟に入った」(新共同訳)が、「ノアは息子たち、妻、息子の妻たちと一緒に……箱舟に入った」(協会共同訳)と正しくなった。嫁は日本の言い方で、聖書にそんな概念はない。家や心といった日本語独自の概念にも注意しなければならない。

翻訳は、原文を正しく表現する作業であり、訳文を新しく産み出す創造でもある。日本にキリスト教がさっぱり定着しないのは、まだ聖書が、ふさわしい日本語の文体を創造していないからではないか。文体をみつけるのに、大勢で集まる会議が適当か。聖書協会と別に、個人訳聖書にがんばってもらいたい。それがつぎの協会訳に、きっと活(い)かされると思うから。
聖書 聖書協会共同訳 旧約聖書続編付き 引照・注付き / 日本聖書協会
聖書 聖書協会共同訳 旧約聖書続編付き 引照・注付き
  • 著者:日本聖書協会
  • 出版社:日本聖書協会
  • 装丁:単行本(2448ページ)
  • 発売日:2018-12-10
  • ISBN-10:4820213423
  • ISBN-13:978-4820213420
内容紹介:
次世代の標準となる日本語聖書を目指し「礼拝にふさわしい聖書」を第一目的に翻訳。31年振りに日本聖書協会が世に問う新しい聖書。

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2019年10月6日

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