内容紹介

『誰が科学を殺すのか 科学技術立国「崩壊」の衝撃』(毎日新聞出版)

  • 2019/10/30
誰が科学を殺すのか 科学技術立国「崩壊」の衝撃 / 毎日新聞「幻の科学技術立国」取材班
誰が科学を殺すのか 科学技術立国「崩壊」の衝撃
  • 著者:毎日新聞「幻の科学技術立国」取材班
  • 出版社:毎日新聞出版
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(256ページ)
  • 発売日:2019-10-28
  • ISBN-10:4620326070
  • ISBN-13:978-4620326078
内容紹介:
イノベーション不足、研究力の低下…「科学技術立国ニッポン」はなぜ幻と消えたのか?国力低下の真因を探る渾身のノンフィクション。
吉野彰氏のノーベル化学賞受賞という「良いニュース」の一方、名だたる科学者はこぞって「もう日本はノーベル賞を獲れない」と危機感を募らせています。
「経済最優先」の陰で着実に進行する「科学研究の破壊」は、一体誰が、なぜ実行しているのでしょうか? STAP細胞「捏造」事件など数々のスクープを放つ、毎日新聞科学環境部による書籍『誰が科学を殺すのか』の抜粋をお届けします。

「選択と集中」はここから始まった! 小泉・竹中改革の何が問題だったのか?

 「寝耳に水」の交付金削減

「私は賛成です。国立大学でも民営化できるところは民営化する、地方に譲るべきものは譲る、こういう視点が大事だ」

〇一年五月の参院本会議。民主党議員に「思い切って国立大民営化を目指すべきでは?」と問われた小泉純一郎首相の答弁に、議場は騒然となった。この答弁は、官僚が用意したペーパーにはない踏み込んだ内容だった。小泉氏は、この直前に行われた自民党総裁選の公約で、大学への競争原理導入を掲げていた。

「これは大変なことになる」

小泉氏の答弁を聞いた遠山敦子文科相は危機感を抱いたという。国立大が民営化されて、国費が投じられなくなれば、立ち行かなくなる大学が出るだろう。首相答弁から一カ月もたたないうちに、遠山氏は「遠山プラン」と呼ばれる国立大の構造改革の方針をまとめた。民営化の流れを食い止めるため、先手を打って国立大改革を進めようという腹づもりだった。

「国立大の再編・統合を大胆に進める(スクラップ・アンド・ビルドで活性化)」
「民間的発想の経営手法導入(『国立大学法人』に早期移行)」
「第三者評価による競争原理の導入(トップ三〇を世界最高水準に育成)」
 
小泉氏の好みに合わせてA4用紙一枚に簡潔にまとめられた「遠山プラン」の説明文書を手に、遠山氏は首相官邸に出向いて小泉氏を説得した。「安易に民営化となれば、辞表を出す覚悟だった」と遠山氏は述懐する。

「分かった」。小泉氏は最後にうなずいたという。

こうして民営化こそ回避されたものの、国立大法人化は「小泉構造改革」の目玉の一つとして位置づけられ、実現に向けて一気に加速していった。その二年後には国立大学法人法が国会で成立した。

しかし、翌春の法人化を目前にした〇三年秋、多くの国立大関係者にとっては「寝耳に水」の方針が政府から示された。法人化後、基盤経費の代わりに国から国立大に支出される運営費交付金を毎年削減するというのだ。「法人化すれば運営が効率化されるはず」というのが財務省の言い分だった。

前に述べた第二期科学技術基本計画(〇一〜〇五年度)を巡る議論で、国立大の基盤経費全廃を目論んで果たせなかった財務当局が逆襲した形だ。

「とてもじゃないが、話が違う」

この方針を聞いた国立大学協会の佐々木毅会長(当時、東京大学長)は顔色を変えた。それもそのはずで、成立した国立大学法人法には、「法人化前の公費投入額を踏まえ、従来以上に教育研究が確実に実施されるよう必要な額を確保する」という国会の付帯決議が付いていたからだ。財務省の運営費交付金削減方針は、この付帯決議に反する。
 

法人化はなぜ必要だったのか

小泉政権(〇一〜〇六年)は「聖域なき構造改革」をスローガンに、行政に市場原理を持ち込み、新自由主義的な施策を断行した。「小さな政府」を指向し、道路公団や郵政の民営化、補助金や地方交付税などを含めた国と地方のあり方を見直す三位一体改革を推し進めた。
政策立案を官邸主導のトップダウン型に改めたのも特徴だ。与党内の議論を経ずに、首相の諮問機関が司令塔となって次々と政策を実現していく「政高党低」の手法は、現在の安倍政権にも引き継がれている。
小泉政権の司令塔の中でも大きな権限を握っていたのが、経済財政諮問会議である。一連の小泉構造改革を立案・推進し、毎年度の主要施策や予算編成の骨格となる「骨太の方針」も策定した。

小泉氏のブレーン役として改革の急先鋒となったのが、慶応大教授から入閣した竹中平蔵・経済財政担当相である。経済学者でもある竹中氏は改革の意義をこう語る。

「一番見えやすく、また、それが変わるといい効果がありそうだと期待を寄せられるもの、ボウリングでいえばセンターピンを倒すのが政策だ。『民間でできることは民間に』のセンターピンが郵政民営化だったとすれば、『大学改革』のセンターピンが国立大法人化だった」

大学政策や科学技術政策に経済財政諮問会議が介入することには批判もあったが、竹中氏は「大学や科学技術も聖域ではない、ということを示した。改革しなければならないという常識を堂々と言ったということだ」と意に介さない。

法人化後、運営費交付金が削減される一方で競争的資金が拡充され、大学間格差が広がったが、竹中氏はこの原因を「改革がまだ十分でないからだ」とみている。

「大学のマネジメント(経営管理)がまだ働いていない。制約のある財政の中で、どういう大学にしたいのか、そのビジョンを持てない大学は閉めるしかない」

こうした考え方は現政権にも受け継がれている。政府は一六年度から運営費交付金の一部を大学改革の達成度合いに応じて傾斜配分する仕組みを導入し、一九年度にはこの傾斜配分枠を交付金総額の約一割に当たる一〇〇〇億円にまで拡大した。国大協は反発しているが、予算をエサにした政策誘導はますます幅をきかせていきそうだ。

[書き手]毎日新聞「幻の科学技術立国」取材班
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