書評

『生と死の美術館』(岩波書店)

  • 2019/11/27
生と死の美術館 / 立川 昭二
生と死の美術館
  • 著者:立川 昭二
  • 出版社:岩波書店
  • 装丁:単行本(345ページ)
  • 発売日:2003-03-27
  • ISBN-10:4000236342
  • ISBN-13:978-4000236348
内容紹介:
古今東西の作品に生・病・老・死を読み解く。医学史家による美術エッセイ。

「自分の死」を取り戻せるか?

重症患者の傍らで往診に訪れた医者がフラスコのようなものをかざしている。患者の尿を診(み)る視尿術という診察法だそうだ。オランダの風俗画家ダウの『医者の訪問』と題する絵。この絵について著者のいうには、

日本をはじめ今日の文明国では、医療といえば病院医療と思いがちであるが、それはじつはつい最近のことである。

ついこのあいだまでは町内の開業医が患者の家に往診するのが日常的な業態で、

医療といえば、この絵とまったくおなじ光景であった。

思い出す。子どものころ風邪を引いたりすると、町医者が看護婦さんを連れて往診にきた。老人が息を引き取るのもおおむね自宅の畳の上だった。だがまもなく病院医療万能時代がやってくる。リルケの『マルテの手記』にいう「施設備えつけの死のひとつを死ぬ」、病院医療が当たり前になり、「自分の死」を死ぬことはますます難しくなる。

死は各人にわけへだてなく訪れる。王にも、司祭にも、貧者にも。ことに疫病流行の際には、ブリューゲル『死の勝利』に描かれているように、身分差さえまたたくまに崩壊してしまう。そのブリューゲル作品をはじめ、古代ギリシアの墓碑やレンブラントやゴッホにいたるまで、こちらでは源氏物語絵巻や竹久夢二など、古今東西の死と病気と、それに対応する医療現場を描いた絵が五十四点。おおむね現地を回って観(み)た美術エッセイは美術館探訪記としても読める。

著者の旧著『からくり』は、産業革命以前の静力学的器械・玩具のエッセイとして愛読したものだが、いつしか著者の関心は近代以前の医療や生死観に移り、本書では古来の美術作品に関する蘊蓄(うんちく)と医療史家としての見識がみごとに一体化している。一例が『法然上人絵伝』の法蓮房臨終の場面。これに関連して源信の『往生要集』の臨終行儀を述べながら、それが「今日のターミナルケアあるいは緩和ケアが目ざしている精神にそのまま通ずる」とか。すると現代でも「自分の死」を死ぬ往生術の可能性は絶無ではないのだろうか。これらの絵からそのヒントが読みとれそうな気がする。
生と死の美術館 / 立川 昭二
生と死の美術館
  • 著者:立川 昭二
  • 出版社:岩波書店
  • 装丁:単行本(345ページ)
  • 発売日:2003-03-27
  • ISBN-10:4000236342
  • ISBN-13:978-4000236348
内容紹介:
古今東西の作品に生・病・老・死を読み解く。医学史家による美術エッセイ。

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初出メディア

朝日新聞

朝日新聞 2003年4月27日

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