書評

『熱源』(文藝春秋)

  • 2019/11/13
熱源 / 川越 宗一
熱源
  • 著者:川越 宗一
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:単行本(426ページ)
  • 発売日:2019-08-28
  • ISBN:4163910417
内容紹介:
樺太で生まれたアイヌ、ヤヨマネクフは故郷を奪われたポーランド人や、若き日の金田一京助と出会い、自らの生きる意味を見出す。

「文明」の侵略、丹念に描く

1910年(明治43年)、白瀬中尉が探検隊を率いて南極点を目指したとき、隊には樺太犬の犬ぞりを担当した二人の樺太アイヌがいた。山辺安之助と花守信吉。アイヌ名はヤヨマネクフとシシラトカ。小説は、南極探検隊の話ではないが、二人は最重要人物で、物語は明治の初め、彼らの少年時代に始まり、1945年(昭和20年)の日本の敗戦直後にまで及ぶ。

明治維新を起点とした近代日本の前半部分、大日本帝国時代の歴史を、樺太=サハリンに生きる人々の目を通して綴る、壮大な歴史小説なのである。

ヤヨマネクフとシシラトカは、樺太・千島交換条約でロシア領となった生まれ故郷樺太から北海道の対雁(ついしかり)に移住させられ、日本語を教え込まれる学校で出会う。もう一人の友人は千徳太郎治。和人の父とアイヌの母を持つ頭のいい級友は、のちに樺太アイヌ自身による初めての著作『樺太アイヌ叢話(そうわ)』を書く教育者となる。小説は、これら実在の人物を大胆に活躍させつつ、「文明」によって侵略された大地の子たちの生きざまを、丹念に描き出していく。

彼らと絡むいま一人の重要人物は、ブロニスワフ・ピウスツキというポーランド人だ。ロシア皇帝暗殺を謀(はか)った罪でサハリンに流刑になった男。流刑地で、樺太アイヌ、ギリヤーク、オロッコなどネイティブの文化・民族資料を収集し、残した。ポーランド独立運動にも関わり、弟のユゼフ・ピウスツキはポーランド共和国の初代国家元首となった。実際に、樺太アイヌの女性と結婚し、千徳太郎治やシシラトカ、ヤヨマネクフと交流した人物である。

ほかにも、刑死したレーニンの兄、金田一京助、知里幸恵、二葉亭四迷らの運命が、樺太=サハリンをキーワードにつながるのは、史実を元にしたフィクションの醍醐味だろう。

本書が追いかけるテーマは「文明」だ。明治の初めにアイヌに「文明」を押しつけた日本人じたい、黒船とともにあらわれた「文明」にからめとられてそのころまだ青息吐息だった。幼いヤヨマネクフの「文明」とは何かという本質を突く問いに、育ての親のチコビローはこう答える。

「馬鹿で弱い奴は死んじまうっていう、思い込みだろうな」。

弱い者は「文明」に呑み込まれるしかないのか。「同化」するか「滅亡」する以外選択肢はないのか。そもそも弱いとはなにか。知恵をつけることは「文明」の側に与(くみ)することになるのか。登場人物たちはそれぞれの場でその難問にぶち当たる。

ピウスツキその人も、大国ロシアに呑み込まれたポーランド、そもそもはその隣国だったリトアニアの出身で、自分の名をロシア風に「ピルスドスキー」と呼ばれると胸に灼(や)けるような反感が渦巻く。名前、言葉、風俗。個別の文化を持つ人々がそれらを奪われる、あるいは風化の中で失う悲しみ。100年前、「文明」に組み敷かれた人々だけではなく、現代を生きている難民や、少数民族の現状も脳裏をよぎった。

とはいえ小説はその重たい題材を、ときにユーモラスに、ときにスリリングに語って、読者を離さない。

女たちの奏でる五弦琴(トンコリ)、鮮烈な痛みとともに口元に彫り込まれるアイヌの証の入れ墨の描写が胸に残る。時代の中で、私たちは多くを失い、変化させざるを得ないが、何かをとどまらせる意思を持つのも、人間だけなのだと小説は熱く訴えてくる。

『天地に燦たり』で松本清張賞を受賞した作家の、読み応えある長編第二作。
熱源 / 川越 宗一
熱源
  • 著者:川越 宗一
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:単行本(426ページ)
  • 発売日:2019-08-28
  • ISBN:4163910417
内容紹介:
樺太で生まれたアイヌ、ヤヨマネクフは故郷を奪われたポーランド人や、若き日の金田一京助と出会い、自らの生きる意味を見出す。

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2019年10月13日

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