内容紹介

『水洗トイレの産業史―20世紀日本の見えざるイノベーション―』(名古屋大学出版会)

  • 2019/11/19
水洗トイレの産業史―20世紀日本の見えざるイノベーション― / 前田 裕子
水洗トイレの産業史―20世紀日本の見えざるイノベーション―
  • 著者:前田 裕子
  • 出版社:名古屋大学出版会
  • 装丁:単行本(338ページ)
  • 発売日:2008-05-15
  • ISBN-10:481580592X
  • ISBN-13:978-4815805920
内容紹介:
20世紀とはトイレ水洗化の世紀でもあった。最も身近な生活設備にもたらされた密やかで偉大なイノベーションを、それに携わった人々の思想や行動とモノづくりの関係のなかで捉え、トイレ工業化の視角から日本近代化の歴史を浮かび上がらせた快作。
11月19日は「世界トイレの日(World Toilet Day、世界トイレデー)」。今日、約42億人の人々は安全に管理された衛生サービスを利用できずに暮らしており、約6.7億人の人々はいまだ屋外で排泄をしているといわれています(国連ウェブサイトより)。持続可能な開発目標(SDGs)の1つとして掲げられている水・衛生問題に取り組むためにも、あらためて考えたい、水洗トイレの過去と現在、そして未来。以下では、日本の事例をくわしくたどった快作『水洗トイレの産業史』の内容を一部ご紹介します。

トイレ「水洗化」の意味するもの

初めに断っておくが、本書は「トイレ学」を論ずるものでもなければ、いわゆる「トイレ話」を主題とするものでもない。われわれ(とは、ここではとりあえず日本の都市住民一般を指すことにする)の大多数にとってきわめて大切な生活設備(ファシリティ)である水洗トイレが、日本でどのように作られ普及してきたのかという、その過程、およびその背後で紡がれた歴史を提示することを目的としている。いったい、現代日本の都市部に暮らす人間にとって、水洗トイレ以上に必要不可欠な「モノ」が存在するだろうか。今、たとえ一週間にせよ大都会のトイレがすべて使用不能になった、その都会で暮らす状況を想像してみてほしい。自動車が動かなくなるより、飛行機が飛ばなくなるより、携帯電話やパソコンが使えなくなるより、ガスや電気が止まってしまうより、トイレが使えなくなることによってわれわれの生活は悲惨になるだろう。そうした事態が起こらないとは限らないということを、たとえば大きな災害を経験した者は学んでいるはずだ。

日本では二〇世紀を通して、最も身近な生活設備であるトイレが、非水洗式から水洗式へと緩やかに切り替わった。いや、緩やかといっても日本人の排泄の歴史からすれば、それは実に劇的かつ画期的な変化だった。日本の歴史のなかでの二〇世紀は、戦争や経済成長、あるいは環境破壊に特徴づけられるとともに、トイレ水洗化の世紀でもあった。

トイレ水洗化の過程は、水洗トイレを成立させるさまざまな部材の工業化を必然的に含む。水洗トイレが重要なものだということに異論はないとして、しかし、工業化の視点からトイレそのものを検討することには困難が伴う。その理由は、トイレが給排水システムに組み込まれていることや工事技術と関わりがあること、あるいは工業統計のあり方などいろいろと挙げられようが、まずもって、「トイレ工業」あるいは「トイレ産業」といった括り自体が存在しないからともいえる。それをあえて「産業史」として捉えようというのが、本書の試みなのである。



きっかけは一束の手紙であった。偶然目にした故杉原周一氏の書簡は、東洋陶器入社の仲介役を務めたかつての上司に宛てたもので、そこには戦時期の軍需産業に貢献し、戦後は民生産業の経営者として日本経済をリードした技術者の、きわめて現実的な思いが率直に語られていた。ひとは自分の生きる時代を選べない。労せずして高度成長の果実を手にした世代の一人として、杉原世代の技術者の思想と体験に一度は正面から向き合う必要があるのではないか――杉原氏の手紙がその機会を与えてくれているような気がした。その杉原氏の職場が衛生設備機器メーカーであったことにも、単なる偶然以上の縁を感じた。以前から途上国(後発国)の開発に関心を持っていた著者にとって、「安全な水」と「適切なトイレ」こそ、脳裏に棲みついた二〇年越しのテーマだったからである。

というわけで、北九州は小倉の東陶機器(現TOTO)本社にお伺いして以来、すでに六年余が経ってしまった。それなりの仮説は立てていたのだけれど、研究を始めてみると次々に新しい世界が展開し、研究の方向も当初漠然と思い描いていたものから次第に離れていった。トイレという、小さくて身近な設備を題材に選ぶことにより、逆にモノづくりのさまざまな局面に光を当てやすいことに気づき、これが目標のひとつになった。それでもなお、検討の対象とし得たのは工業化の諸側面のほんの一端にすぎない。トイレの概念を変えたともいえる“快適技術”(主としてエレクトロニクス)には、本書の対象時期とずれていることもあって、ほとんど触れなかった。国際的諸問題――輸送コスト、各国の工業規格や関税制度、銅価格その他――は、工業化の視角からは重要だが、本書の基本的主題を「日本のトイレ」に絞っているため、あえて踏み込むのを避けた。近年とみに衆目を集めている環境――水洗トイレの関係では水資源問題――は特に気にかかった。しかし、水を使わぬ理想的トイレを夢想するのは容易でも、問題の本質は素人が軽々に論じられることではなく、結局、節水努力の指摘程度にとどめた。また、経営史的側面からいえば、限られた人材に焦点を当てすぎたきらいもあるが、これは著者なりのスタイルで「産業史」を描くチャレンジでもあることをお断りする次第である。

かたや、もっぱら単体に限られていた筆者自身のモノづくり感覚が工事面にも広がったことは大きな収穫だった。トイレの工業化を論ずるならば、話をハード面に限ってさえ、衛生陶器や水栓金具といった部材とともに設備工事、その設備を含む建物の建築工事、また上下水道という土木工事まで視野に入れる必要がある。工業製品はその使用環境(インフラストラクチュア)との技術・機能的インタラクションを経験しつつ進化するからだ。その進化の過程には、当然さまざまなソフト面の要素が絡みあい、その社会、もしくはその国が背負っている歴史的・文化的特質も見え隠れする。それらをトータルに捉えたときに、近代化や工業化のダイナミズムははるかに輝きを増す。一九世紀半ば以降の日本における“トイレ産業史”は、まさしくこの華麗なダイナミズムの波形を映しだす鏡であったといえよう。

※本文は、前田裕子『水洗トイレの産業史』の「序章」および「あとがき」から抜粋しました

[書き手]前田裕子(愛知県生まれ。民間研究所、NGO、NPO勤務を経験。元・神戸大学准教授)
水洗トイレの産業史―20世紀日本の見えざるイノベーション― / 前田 裕子
水洗トイレの産業史―20世紀日本の見えざるイノベーション―
  • 著者:前田 裕子
  • 出版社:名古屋大学出版会
  • 装丁:単行本(338ページ)
  • 発売日:2008-05-15
  • ISBN-10:481580592X
  • ISBN-13:978-4815805920
内容紹介:
20世紀とはトイレ水洗化の世紀でもあった。最も身近な生活設備にもたらされた密やかで偉大なイノベーションを、それに携わった人々の思想や行動とモノづくりの関係のなかで捉え、トイレ工業化の視角から日本近代化の歴史を浮かび上がらせた快作。

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