内容紹介

『人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした』(祥伝社)

  • 2019/12/02
人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした / 大木 亜希子
人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした
  • 著者:大木 亜希子
  • 出版社:祥伝社
  • 装丁:単行本(224ページ)
  • 発売日:2019-11-30
  • ISBN-10:4396617100
  • ISBN-13:978-4396617103
内容紹介:
仕事なし、彼氏なし、元アイドルのアラサー女子。夜は男性との「ノルマ飯」、仕事もタフにこなしているつもりが、ある日突然、駅のホームで足が動かなくなった。そして、赤の他人のおっさん(56歳)と暮らすことに――。
アイドル・女優活動を経て、現在ライターとして活動中の元SDN48の大木亜希子が、仕事に恋愛に、怒ったり、笑ったり、泣いたり、「日々生きることに精一杯なわたし」とおっさん「ササポン」との日々を描いた実録私小説。
書籍『人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした』から、一部を抜粋して紹介します。
 

恋愛も仕事も行き詰った元アイドルが、赤の他人のおっさんと同居を始めた 

東京・杉並区。
家賃5万の風呂なしアパート。
夏は異常に暑く、冬は凍えるように寒い。
でも、ここが私のお城。
健やかな28歳女子として、「婚活」「恋活」「精神統一」を行なうための、ベースキャンプとして使っている。
寝て起きて、あとは適当な食事が取れるならばそれでいいし、人から見られていない空間に金をかける主義はない。
私は、玄関と呼ぶにはあまりにも狭い空間に積み上げられた靴の中から、お気に入りの青いパンプスを選び拾い上げる。よく見ると、それはヒール表面の塗装が剝がれ、中の素材が見えてしまっている。
最近、歩くたびに金属音がカチャカチャ鳴ってうるさいと思ったら、ヒール先端に打ち込まれた小さなネジは露わになり、もうボロボロである。しかし私は、剝げた部分を黒いペンで塗りつぶし、颯爽と見栄えを整える。
ズタボロなパンプスはほかにも山ほど持っているが、日頃からこうして定期的に“DIY”を行ない、できるだけ長く履くようにしている。ファッションに金を使うのならば、靴ではなくトップスを購入する資金に回したい。それに近頃はなんだか、新しい服や靴を見繕う体力が残っていない。
私は“お直し”したパンプスにサッと消臭スプレーを吹きかけ、つま先をそこに突っ込む。
あぁ。前の晩に飲み会で飲んだ酒が残り、浮腫みがひどい。
隙間のない靴の先っぽに無理やり足を押し込むと、それでもなんとか履くことができた。
深呼吸、深呼吸。精神集中。
今日もいける。私は可愛い。
これで決して、自分が「六畳一間のボロ屋敷」からやってきた住人であることは、世間様にはバレないはずである。
今日も色々とキメていこう。
仕事とか恋愛とか、人生とか、色々。



途中、地下鉄に乗り換えて茅場町駅に向かうところで、アクシデントが起こった。
ホームを歩いていると突然、足が前に進まなくなったのだ。
あまりにも急な出来事に、私はしばし呆然とする。次の瞬間、パソコンが強制終了するかのように「バチン」という音が脳内に鳴り響いた。必死で「歩け」と自分に号令をかけてみても、足の裏が床にへばりついたまま言うことを聞いてくれない。
一体どうしたのだろう。少し疲れているのだろうか。
最初のうちは、「これは単なる思い込みに違いない」と思った。動揺を隠せないなか、改札に向かう人々の群れが私の両脇を次々と通り過ぎる。人生において何も不安がなさそうな表情を浮かべる彼らは、波のように進んでいく。
今まで当たり前のように見ていたこの光景に、今日だけはなぜか違和感を感じてしまう。
あぁ、早く私もその波の泡の一部になりたい。
こういうことは、私の身に起こるべきことではない。



これはいわゆる、パニック症状というものだろうか。だが、これまでそうした症状に見舞われたことは一度もない。アイドルとして競争社会を生き抜き、タフに芸能界をサバイバルしてきた中でも、心が完全に病んだことはなかった。
しかたなく私は、バッグの中からスマホを取り出し、上司にメッセージを送ることにした。“体調不良”と伝え、今日の打ち合わせは代わりに行ってもらうことにする。
次に、私は親しい友人限定公開のFacebook に向けて、こんな発信をしてみた。
「全然心配しないでほしいんですけど、今ちょっと駅で急に足が動かなくなっちゃって。こういうときって、どんな病院いけばいいんですかね? 神経系ではなさそう。意識はハッキリあるし。ただ突然で……。内科? 外科?」
すると、まもなく投稿を見た友人から即レスがあった。
「大丈夫? そういうときはここ。私も昔、通ってたんだけど」
リンクが貼られたサイトを開くと、そこにはこんな文字が記されていた。
「精神科」
あぁ、そうなのか。今の私に必要な治療はそっちなのか。
しかし、“そこ”に行くのはあまりにもハードルが高すぎる。
そのまま数十分ほど、マネキンのように静止したままの状態が続く。狭いホームで、通勤バッグを抱えたアラサー女が一時停止する光景は、きっとなんともシュールで。しかし、東京の中心地で、そんなことは誰も気には留めなかった。
いよいよ背に腹は替えられない状態になり、私は友人から教えてもらったその病院へ駆け込むことに決める。駅構内の手すりをつたい、這うように移動していくと、身体の重みが一気に腕にのしかかる。地上へ出てタクシーを捕まえる途中、親切な女性が歩行を補助してくれようとした。ところが、このときなぜか私は、その女性の手を振り払ってしまった。自分の身に起こった出来事を、到底受け入れることができなかったからである。
 

 
インターホンを押すと、扉の鍵が大仰に自動解錠された。
強迫性障害を持った患者に対して安心してもらうため、こうして入り口から完全オートロック式にしているのだと知ったのは、あとになってからだった。
扉を開けると、無機質なソファと木目調の壁が目に飛び込んだ。その一角に座ることで、ようやく私は心が落ち着き始め、持っていた水を一気に飲み干す。
まもなく名前が呼ばれ診察室に入ると、目の前には40代半ばとおぼしき医師が座っていた。優しそうな瞳をした男だった。彼は突発的に来院した私を見ても動じず、淡々と症状を質問してくる。
「今日はどうされましたか?」
「さっき、突然、駅で足が動かなくなったんです。なんででしょうね……。何かに対する、焦りみたいなものでしょうか? 知り合いからここを紹介されて。でも、多分大丈夫です。一応来てみただけです」
「ご自身では、『足が動かなくなった原因』はなんだと思われますか?」
「とくに思い当たることはないですね。こういうことは、これまでの人生で一度もなかったですし。とりあえずなんでもいいので、薬をください。それを飲んでおけば勝手に治るようなやつ。私、仕事に戻らなきゃいけないんで」
「大木さん。まずはゆっくり息を吸って、吐いて下さい。本当に思い当たる点はありませんか?」
「先生。あたし、どこか頭がおかしいんでしょうか? 別に普通だと思うんですけど」
「大木さん」
「別に仕事は上手くいってるしな……。じゃあ、こうなっちゃったのは、男問題のせいですかね? たしかに最近、酷い男にあたっちゃったんですよ。でも、それはもう乗り越えたというか、とにかく何が原因かは絞れないというか」
「大木さん、わかりました。今日から僕に、その時々で感じたことや思ったことを、ゆっくり話して下さい。ゆっくりでいいです。僕にすべてを言う必要もありませんし、もしも言いそびれていることがあっても構いません。まず、治しましょう。その早口を」



そこから私は、連日その病院に通院することにした。1回の診察に要する時間は20分程度。これまでのキャリアについて取り留めもなく話したり、家族構成や恋愛遍歴に至るまで打ち明けたり、とにかく私はすべてその医者に話した。
彼が言う、『足が動かなくなった原因』に思い当たるフシはあった。芸能界から会社員になり、なれない業務に奮闘した数年間の生活が祟ったのかもしれない。もしくは、恋愛のストレスだと思う。
私は過酷なアイドル時代、ひとりだけ本気で好きになった男性がいた。しかし、様々なすれ違いが生じ、いつしか互いに連絡を断っていた。それでも心の底では、彼のことを忘れられない日々は続く。
そこから数カ月が経過し、私が会社員に転職したあと、彼が別の女性と結婚したという事実を知った。その事実があまりにもショックで、原因の一つになっている気がする。だが、過ぎ去った男には極力執着しないようにしていたし、今の生活が特別『苦』だとは感じていないつもりだ。
私は、どこで道を踏み外してしまったのだろうか。



医者が言うには、こういうことだった。
現段階で、診断は正式な病名がつくものではない。あらゆる将来への焦り、不満が重なり、「一時的にパニック状況が生まれて歩行困難になった」ということだろうと。
やむなく私は、会社から一週間ほどの休みをもらうことにした。会社に休みを請う際も、自分がなぜこのような状態になってしまったのか芯の部分では理解ができず、症状を伝えることすら恥ずかしくてたまらない。惨めで無様で、心配されないように努めて平然と症状を語った。上司は一言、「ゆっくり休んで」と諭しながら言ってくれたが、私は余計に焦りを募らせる。
次第に私は、朝も起き上がることができなくなり、会社を辞めざるをえなくなった。病院に継続的に通い続けることで、少しずつ自分と向き合えるようになったが、だからこそすぐに『完治した』と決めつけるのは、もう噓になった。
こうして28歳の春、突如として生活の保証もない、仕事もない、彼氏もいない、貯金だってほとんどない日々が始まった。
残ったのは、手元にある10万円。
「あ、人生が詰んだって、こういうことを言うんだ」
自分の弱さを呪った。
 


8歳離れた姉から電話があったのはちょうどその頃で、収入が不安定になった私に、「ルームシェアをしたらどうか」という提案を持ちかけてきた。
一緒に住む相手は、姉が「ササポン」と呼ぶ人で、一般企業に勤める50代のサラリーマンだという。姉も20代の頃ルームシェアでお世話になった人で、あらゆる事情が重なり、一軒家にひとりで住み部屋を持て余しているため、これまで多くの人とシェアしている人だった。
姉は、その一室がたまたま空いている情報を聞きつけ、いくばくか家賃を払い住まわせてもらえばいい、と言う。
ただし、定員は1名。家主と1対1である。
まもなく齢29に差し掛かるというのに、見ず知らずのおっさんと住むほど自分は落ちぶれていないと思い、私は拒否した。それでも姉は頑なに、「今のお前は誰かと一緒に住んだほうがいい。とにかく話し相手が必要だ」と断言する。
実際ひとりで住み続ければ光熱費はバカにならないが、「今度引っ越すときは、誰かと結婚するとき」というプライドも常々あったので、悩んだ。しかし、日々の生活を続けるうち貯金が底をつき、生活費は軽減せざるをえない状態になった。難しいことを考えるのが億劫になり、私は決断をした。
「ササポン」56歳との、奇妙な同棲生活をスタートさせてみたのである。
 
[書き手]
大木亜希子(おおき・あきこ)
ライター。2005年、ドラマ『野ブタ。をプロデュース』(日本テレビ系)で女優デビュー。数々のドラマ・映画に出演後、2010年、秋元康氏プロデュースSDN48として活動。その後、タレント活動と並行し、ライター業を開始。2015年、しらべぇ編集部に入社。2018年、独立。著書に『アイドル、やめました。AKB48のセカンドキャリア』(宝島社)がある。
人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした / 大木 亜希子
人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした
  • 著者:大木 亜希子
  • 出版社:祥伝社
  • 装丁:単行本(224ページ)
  • 発売日:2019-11-30
  • ISBN-10:4396617100
  • ISBN-13:978-4396617103
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仕事なし、彼氏なし、元アイドルのアラサー女子。夜は男性との「ノルマ飯」、仕事もタフにこなしているつもりが、ある日突然、駅のホームで足が動かなくなった。そして、赤の他人のおっさん(56歳)と暮らすことに――。

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