書評

『ぼくたちはこうして学者になった: 脳・チンパンジー・人間』(岩波書店)

  • 2019/12/31
ぼくたちはこうして学者になった: 脳・チンパンジー・人間 / 松本 元,松沢 哲郎
ぼくたちはこうして学者になった: 脳・チンパンジー・人間
  • 著者:松本 元,松沢 哲郎
  • 出版社:岩波書店
  • 装丁:文庫(261ページ)
  • 発売日:2019-10-17
  • ISBN-10:4006033141
  • ISBN-13:978-4006033149
内容紹介:
「人間とは何か」を知ろうと,それぞれに新たな学問を切り拓いてきた脳科学者と霊長類学者の対談.

二人の個性が切り結ぶ対話の妙

一方は異色の物理学者、残念ながら既に物故。他方は、今や国宝級の霊長類研究の重鎮。今から四半世紀まえに行われた対談の文庫版化である。構想的な側面から、細部に至るまで、どのページを披(ひら)いても、無類に面白い、巻を措(お)く能(あた)わず、とはこのことか。その面白さは何層にも及ぶ。

普通の読み物としても。例えば何事にも(そのなかにはベーゴマも入る)傑出していた松本少年が、色々な機会に出会った優れた大人から、刺激を受け、医師を目指すか、コンピュータ関連に進むか。二者択一の選択に立たされる場面(結果的に脳型コンピュータの専門家になって、ある意味では「二者択二」となるわけだが)。あるいは東大で、教養課程の一年生から、本郷の高橋秀俊研(日本で最初の本格的コンピュータ<パラメトロン>を大学院生だった天才後藤英一と開発した)に入り浸って仕事をしたり、磁性体研究に進んで助手になったとき、教授から、助手は教授の手伝いを、と言われ、反発する場面で、松沢さんが、あ、京大ではそれは全然違う、と切り込んで、東大と京大の文化の差異が期せずして鮮明に浮き上がる場面、など。類まれなお二人の個性と、それが切り結ぶ対話の面白さが、読者を惹(ひ)きつける。

松沢さんの、西田幾多郎、田辺元、九鬼周造、西谷啓治ら、錚々(そうそう)たる学者を歴史に刻む京大の哲学科へ入学、山岳部卒業というキャリアも面白い。その山岳部も先輩リストは凄い。今西錦司、桑原武夫、西堀栄三郎、梅棹忠夫、川喜田二郎などが名を連ねるのだから。京大を選んだのも、ちょうど全共闘運動の最盛期、東大の入試がなかった、という偶然が松沢さんの運命を決めたことになる。

あるいは、松沢さんがよく言われることだが、日本にはサルの出てくるお話は山ほどあるが、ヨーロッパなどには皆無、理由は、人間の目に触れるところにサルが生きているのは、先進圏では日本だけ、というのも、常識を試されるし、チンパンジーはサルではなくヒトだ、と言って、彼らの数え方は「一人、二人」でなければ、となり、ワシントン条約発効前に、実験動物として日本に連れてこられたチンパンジーたちは、強制移民であった、という表現も、読者は意表を突かれる形になる。

こうしたお二人の若いころの様々なエピソードに触れるだけでも、私たちは、笑ったり、同感したり、ときには、おやおや、と思ったり。読書の面白味を満喫できる。

同時に、学問の世界に関心を持つ人にとっても、この本の面白さは抜きんでている。コンピュータを、脳の機能を代行できる「機械」として構築するのではなく、人間の脳のやっていることを、機械にもそのままやらせるとしたら、どうなるか、という視点で研究を続ける松本さん。その手始めにヤリイカを材料として使う時の苦心談などは、感動的ですらあるが、この独自の路線を貫こうとするのが松本さんであるとすれば、松沢さんは、チンパンジーの外界認識を徹底して調べ上げようと、実に様々な手段と方法を開発する。しかもその際、チンパンジーは、客観的な研究対象を超えて、人間(ヒトというよりは)と同じ仲間として扱われ、結局は人間の相互理解にも繋がる知見を得ようとする。

学問的な出発点はまるで違うように見えるお二人が目指される道、他者に真似のできないようなユニークな二つの道の辿りつく先には、同じ風景があるのではないかと予想させる、知的興奮に溢れた対談集である。
ぼくたちはこうして学者になった: 脳・チンパンジー・人間 / 松本 元,松沢 哲郎
ぼくたちはこうして学者になった: 脳・チンパンジー・人間
  • 著者:松本 元,松沢 哲郎
  • 出版社:岩波書店
  • 装丁:文庫(261ページ)
  • 発売日:2019-10-17
  • ISBN-10:4006033141
  • ISBN-13:978-4006033149
内容紹介:
「人間とは何か」を知ろうと,それぞれに新たな学問を切り拓いてきた脳科学者と霊長類学者の対談.

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毎日新聞 2019年11月24日

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