書評

『吉祥寺バウスシアター 映画から船出した映画館』(boid)

  • 2020/01/24
吉祥寺バウスシアター 映画から船出した映画館 / ラスト・バウス実行委員会
吉祥寺バウスシアター 映画から船出した映画館
  • 著者:ラスト・バウス実行委員会
  • 出版社:boid
  • 装丁:単行本(192ページ)
  • 発売日:2018-11-09
  • ISBN-10:4990493877
  • ISBN-13:978-4990493875

惜しまれながら閉館したあの映画館には、驚くべき歴史があった……

新橋文化・ロマン劇場が8月いっぱいで閉館になるという(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は2014年)。名画座路線に舵を切って以降の、新橋文化の文化的ラインナップも刮目すべきだが、個人的には都内で最後に35ミリフィルムでピンク映画を観られる場所だった新橋ロマンの閉館が痛い。ひとつの文化の終わりをまざまざと見せられている気がする。思えば今年は映画館の閉館が続いている。7月には三軒茶屋シネマが閉館しているし、5月には吉祥寺のバウスシアターが閉館となった。旧ニュー東宝シネマも丸の内ルーブルも閉館し、銀座からも映画館は消えてゆく。年末には歌舞伎町のランドマークでもあった新宿ミラノ座が閉館となる。一応跡地には映画館が入ることになっているようだが、渋谷パンテオン跡地に映画館を残さなかった東急レクリエーションだけに……。

閉館の最大の理由は、もちろん、建物の老朽化である。騙し騙し使ってきた昭和時代の建築物がついに建て替えるべき時期を迎えたのだが、立て替える金もなければ採算がとれる見込みもないので閉館することになる。経済の論理は冷徹であり、そこに情緒の入る余地はない。ますます効率性と経済性が重視される社会が実現しつつある。これがディストピアでなくてなんであろう。

『吉祥寺バウスシアター 映画から船出した映画館』を読みながら、あらためて思うのはそのことである。バウスシアターは土地の賃貸契約の更新がうまくいかずに閉館に追い込まれた。だが、そもそもこの映画館が建ったこと自体が奇跡的な出来事だったのである。バウスシアターの総支配人、本田拓夫氏が語る映画館の歴史はまったく驚くべきものである。

ぼくはバウスシアターの開館時はちょうど映画マニアの学生だった。「ライヴもできる映画館」としてはじまったバウスシアターにはよく通っていたし、『注目すべき人々との出会い』や『ストップ・メイキング・センス』など、あの場所と結びつき、忘れがたい思い出になっている映画もいくつもある。だが、そこにいたるまでの過程は偶然と僥倖によるものだった。

本田氏の父は吉祥寺で井の頭会館という映画館の支配人をしていたが、本田氏と兄の2人にそれぞれ映画館を持たせてやろう、と考えて昭和26年に武蔵野映画劇場を建てる。地権者のお寺が貸してくれたのが商店街のはずれだけだったので、今の土地に建つことになった。客を商店街に誘導しようという計画があったのではと語るのだが、むしろ駅前の一等地は貸してもらえず、僻地に追いやられたと考えるべきなのだろう。当時、武蔵野市には映画館の建築基準がなかったので、当初教会堂として建築許可を取り、用途を映画館に変更するかたちで建てたのだという。いわば意図的な脱法建築なのだが、この脱法ぶりは以後たびたびくりかえされる。

1984年、建物の建て替えとともに、武蔵野映劇は演劇もできる「シアター」に生まれ変わることになる。これには本田氏の兄の意向が強く働いていたらしい。バウスシアターは本田兄弟によって運営されるのだが、兄の耕一氏はもともと演劇に深く傾倒しており、本人みずから設計して舞台のできる劇場を建てたのである。映画館の舞台が通常より低いのは演劇のことを考えた設計である。照明もほぼ手作りでこしらえ、ライヴ用には巨大スピーカーも導入する。バウスシアターにとって、演劇がそれほど重要なものだったとは言われるまで気づかなかった。

ほとんど思いつきのようなかたちで設備をつけくわえていく兄に、堅実だった本田氏はたびたび反対したらしい。それはたぶん非効率なことだったし、法律的にも問題は多々生じる。楽屋がなくなったので屋上に物置としてプレハブを建てて、楽屋に使っていたこともあるという。明確な建築基準法違反である。それはたしかにやってはならないことなのだが、許される罪だったのではなかろうか。いっさいの法律違反を認めず、杓子定規に余裕をなくしていったなら、バウスシアターのような映画館ができるわけはなかったのだ。ライヴ用に購入した巨大スピーカーは、もちろん、やがて爆音上映に転用されてバウスの名物企画となる。無駄と思われたものも、最終的には帳尻があうのである。

ぼくがいちばん驚いたのは、バウスシアターの窓の話である。バウスシアターには窓がある! いったいどこに窓のついた映画館があるだろう? だがこの無駄こそがバウスシアターを特別なものにしていたのである。文化とは無駄のことである。無駄を切り捨て、効率だけを求めるならば、いずれ誰も映画など観なくなるだろう。無駄と余剰を作り出すことこそが文化活動なのだ、とこの奇跡と僥倖に溢れた幸福な映画館の歴史は教えてくれるのだ。
吉祥寺バウスシアター 映画から船出した映画館 / ラスト・バウス実行委員会
吉祥寺バウスシアター 映画から船出した映画館
  • 著者:ラスト・バウス実行委員会
  • 出版社:boid
  • 装丁:単行本(192ページ)
  • 発売日:2018-11-09
  • ISBN-10:4990493877
  • ISBN-13:978-4990493875

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映画秘宝 2014年10月号

95年に町山智浩が創刊。娯楽映画に的を絞ったマニア向け映画雑誌。「柳下毅一郎の新刊レビュー」連載中。洋泉社より1,000円+税にて毎月21日発売。Twitter:@eigahiho

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